遭遇者

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遭遇者

「透さん、待って!」  マンションを出て、行く先も考えずに歩いていく久世を、瑞稀が追いかけた。 「ねえ、透さん!」  瑞稀は追いついたが、久世は歩みを止めないため、横に並んで声を掛ける。 「タクシーに乗りましょう」  久世は答えない。 「じゃあ、どこかお店に入りましょうよ」  久世は瑞稀を無視して歩き続けている。  瑞稀は何度も声をかけたが、全く反応がないので、久世の前に立ちふさがった。 「とりあえず止まって!」  両手で通せんぼをしてそう叫んだ瑞稀の行動で、久世はようやく歩みを止めた。 「一人にしてください」  久世は抑揚のない冷静な声でそう言ったが、瑞稀と目は合わせない。 「一緒に帰りましょう」 「一人で帰ってください」 「嫌」 「なぜ私に構うんですか」 「婚約者だから」 「私にその意識はありません。結婚はしません」 「そんなことできないわ。久世として生きていくなら私と結婚する以外の道はないのよ」 「それなら名も家も捨てます。一人にしてください」 「は? そんなに嫌なの?」  瑞稀は思わず声を上げた。 「……はい」  久世は視線を合わせないまま、ポツリと言う。 「この私のことが?」  瑞稀は一歩久世に近寄って、顔を覗き込む。  瑞稀に気圧された久世は、ようやく瑞稀と目を合わせた。 「……櫻田さんに思うところはありません。ただ結婚はしない、それだけです」  瑞稀はそれを聞いてニヤリと大きく口の両端を上げた。 「わかった。好きになってもらえばいいわけね」
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