妻の愛人

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 40過ぎくらいのひょろひょろとした男性が、こちらへ向かって歩いてくる。  おそらくタクローであろうその男性の周りだけが、半世紀も昔にタイムスリップしたかのようで、久世は後から知ったのだが、いわゆるヒッピーとでもいうようなスタイルだった。 「……生きてたか」  タクローのその声は声量が小さいのに、爆音の中でもなぜか耳に届く不思議な声質だった。 「この通りな」 「まずは酒だ」  そう言って西園寺とタクローの二人はバーカウンターへ向かった。  久世は迷ったが、久しぶりな様子だったのと紹介をされなかったことから二人きりになりたいのだろうと考えて、そのまま動かないでいることにした。  15分ほど経っただろうか。久世は踊るでもなく、一人で飲む酒もつまらなく、飽き飽きして帰りたくなっていた。  通信も圏外でスマホも見れない。  西園寺もいないことだし、このまま抜け出してもバレないのではないかと考えて、グラスをバーカウンターへ返しに行き、出入り口に向かおうとした。 「透!」  ダメだった。久世は西園寺に呼び止められた。 「ミキって女を呼んだ。すぐに来るだろう」 「……そのタクローという人は?」 「帰った。忙しいやつなんだ」
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