3.5 あの日

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はにかんだ笑みを向けられた時、心臓が撃ち抜かれる様な感覚を覚えた。 その日から彼の事を無意識に視線で追う様になっていた。彼の名前は山内祐樹。同じ高校一年生で、Ωである彼は友達が多く、いつも囲まれている明るい性格の持ち主だった。 この高校はΩに対する待遇が手厚い為、あの件があってから暫く彼の周りにはボディガードが付いていた。因みにあの不良は停学処分を食らっていたからいつの間にか見なくなった。 (笑顔、可愛かったな) また向けてくれないだろうか。 他ではない自分自身に。 ──これがきっと恋なんだと思う。 恋愛には興味がない筈だったのに、たった僅かな交差で呆気なく堕ちてしまった。あの日以来会話を交わす事なんて全く無く、自分達の間にそれ以上の関係性が生まれる事は無かった。きっと彼も自分の事なんてとっくに忘れている。告白なんてするつもりがなかった俺は、彼を遠くから眺めるだけの学校生活を送っていた。平凡な日常が一変してしまうあの日迄は──。 (本借りっぱなしだったの忘れてた) 一週間オーバーで借りてしまった本を返しに、授業中教師が職員室に向かっている間の時間で図書室へ向かっていた。あまり人が通らない旧校舎の廊下を渡り、図書室の扉の前に立ちはだかる。 (.....ん?) ふと、甘い香りが鼻を燻り扉に触れた手を止める。僅かだが、ほのかに柔らかい匂いがする。 その時の自分はそれ以上は深く考えずに扉を開けてしまった。匂いの先は奥教室からのようだった。行ったら後悔する──直感でそう思ったのに、俺の足はゆっくりと匂いの先へ向かっていた。奥教室の扉から溢れんばかりの匂いが風に乗って充満しつつある。震える手を恐る恐るドアノブに掛け、開く。視線の先にいたのは、匂いの発端である山内祐樹だった。
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