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僕の言葉に小さく頷く晴也。成功するかどうか分からない手術の事を受ける前から考えてしまうと不安が尽きなくなる。だからこそ今は、流れていく時間を、晴也や周りとの時間を大切に生きたい。
「──じゃあ、ここで。わざわざ見送りに来てくれてありがとう」
遂に出発当日を迎えてしまった。
手術の日程自体は一週間後だが、念の為に早く渡米するのである。
重たいスーツケースを引きずりながら、僕はそう言って彼等を真っ直ぐ見据えた。今にも泣き出しそうだけど必死に我慢していた蘭華は僕の言葉に「ゆうちゃん!」と堪えきれずに抱きついてくる。彼女の後ろにいる晴也の表情は泣いてはいないがよく分からない。
「待ってるから...どうか無事に帰って来てね」
「うん...ありがとう、蘭ちゃん」
抱擁した彼女がスッと離れると、次に晴也が無言で僕を抱き締める。此処に着く迄ずっと無言だったから逆にこっちが不安になり「晴也」と背中をポンポンと叩く。顔を上げ、ようやく視線が合った彼は泣きそうにながらも食いしばり、満面の笑みを浮かべた。
「──行ってらっしゃい、祐樹」
頑張って、と彼は言わなかった。大好きなあの家に必ず帰ってくる──そう信じての『行ってらっしゃい』だった。笑って見送れと言ったけど....こっちが泣きそうになってしまう。「そろそろ行くよ」と母親に肩を叩かれ、飛行機が飛び立つ時間迄残り僅かな事に気付く。グッと涙を堪え、すっかり硬くなっていた口角を緩めて僕も返す。
「行ってきます。....晴也」
手を挙げ、そのまま彼等に背中を向けて歩き出す。それ以上の会話は無かった。交わしたたった一言に詰まった思いに気付いているから。
(──振り返らない。今振り返ったら引き返したくなる)
前だけを見ないと。彼等と──晴也とのこれからの未来に僕も一緒にいる為に。そう覚悟を決めた僕は、その場で動かず此方を黙って見送る彼等の方を一度も振り返る事なく歩み始める。こうして僕と母親は日本を飛び立った。
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