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序章 『そして、俺の物語は幕を閉じた』
夜の帳が下り、街は静寂に包まれる。
その中で一際目立つ、鋼を纒った影。
彼の足音だけが、アスファルトを打つ。
彼は誰か、何を求め彷徨うのか。
その答えは、仮面の奥深くに。
鋭い眼差しは、燃え盛る巨城を見つめていた。
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――2024年5月1日。
煙が立ち込める軍事基地から、人と獣の入り混じったかのような悲鳴が響き渡る。
「ゥグ……ッ、ハァ、ハァ゙ッ」
男の腹からは、赤黒く生温かい腸がはみ出ていた。
今にもこぼれんとするそれを懸命に押し戻すが、止まることなく溢れ続け、痛みと恐怖に顔を歪める。
「ぃやだ……だ……だれかっ……いないのかっ!」
ぼたぼたと地面に滴り落ちる血を気にする暇もなく、男は声を張り上げるが、返ってきたのは静寂だった。
腹を抑えていた手に力が入らなくなったのか、だらりと手が垂れる。
男は絶望に目を見開くと、足元に肉片が落ちていることに気づいた。
それは……かつての同胞たちだった。
「ぁ……あぁ……そんな……」
散らばった肉塊を前に、男はずるずると地べたに倒れこみ、頭をうずめた。
「ぅえ゙……ぅぅ……、死にたくない゙……っ」
男の嗚咽が通路内で虚しく木霊する。
それに呼応するかのように、暗がりから白銀の鎧を纏った異形が現れた。
怪人……、ヤツだ。
「ヒぃッ!……ぃ、いやだっ!」
一歩、また一歩と男の下に近づいていく。
その様は、例えるのなら命を刈り取る死神。
目の前に迫った死の恐怖に、男は涙を流していた。
「どっ、どうか!命だげ……ヴァ、ダすゲ……っ、ぅグっ!」
怪人は男の頭を鷲掴みにすると、そのまま壁に押しつける。
ゆっくりと頭を潰されていく感覚に、男は最後の力を振り絞り抵抗した。
しかし、その足掻きは虚しく、無意味に終わる。
「ゥア゙ッ、……ァ」
皮と肉、そして……骨が潰れる音。
みしりと軋んだ頭蓋骨が破裂する。
鮮血が吹き出るとともに眼球が押し出され、頬を伝って流れ落ちていく。
男の崩れていく顔とは一変、兜の隙間から覗く眼光は無機質で、なんの感情も持ち合わせていないようだった。
「いいのかよ。仲間だろ、そいつ」
それらを静観する仮面を被った男は怪人に、そう問いかけた。
「敵前逃亡は死罪。裏切りには制裁を……それが規律というものだ」
怪人はこちらに目を向けることなく、淡々と言葉を返した。
「まだ、やるつもりか?オロチ将軍」
「無論だ。……我々『九頭竜』は世界の規律を正すため、人類の選別を行う。なぜこの程度で歩みを止める必要がある」
「アジトは壊滅。一部の幹部はアンタを残して逃げたんだぞ?」
「ふっ……。分かっとらんようだな」
ヤツは鼻で笑うと、ようやく視線を向けた。
「どっちが……。諦めろ、アンタは負けたんだ」
「力に呑まれた者は皆、物事の本質を見誤る。貴様のようにな。『九頭竜』こそが、世界を救う唯一の道なのだ」
「……もういい……終わらせてやるよ」
漆黒の仮面に強化外骨格、無尽蔵に闘気を放つ男の姿はまさに鬼神そのものであった。
一歩、また一歩と間合いを詰めていく。
オロチは表情ひとつ変えず腰の大刀に手をかけ、居合いの構えをとった。
「人語を解す鬼に成り果てよって……、来るがいい『仮面の襲撃者』!ここがキサ…マ………の……」
オロチは、目の前の光景に茫然自失となった。
対峙していた標的が、視界ごと縦一閃に両断されている。
……まさか……抜刀すら許されぬとは。
オロチはその場で、只々、立ち尽くす。
そして崩れるように膝をつき、血の海に沈むのであった。
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