3章 5話『そして、怪人は恐れをなした③』

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3章 5話『そして、怪人は恐れをなした③』

 生体金属(バイオメタル)を扱える怪人は、なにも剛鬼(タイラント)だけではない。    『剛鬼(タイラント)』と黒澤の所有する『強化外骨格(パワードスーツ)』、どちらも過去に同じ特性を持った怪人たちの死骸がベースになっている。  神経系や感覚器官を侵食し、機能自体が壊死しないよう生体金属(バイオメタル)の純度を必要()()()に留め、その制御は移植した脳チップに担わせる。  この改造技術の結晶が、『剛鬼(タイラント)』である。  黒澤は、この()()()な実験に敢えて異議を唱えず、セツ研にて独自に研究を進めてきた。  ――生体金属(バイオメタル)の制御を脳に限定せず、全身で管理できるように。  その成果が、今この状況下で結実する。  「コイツは……ヤべェ……」  ――闇が晴れた時、それは現れた。  全身を包む強化外骨格(パワードスーツ)には血管が張り巡らされ、赤黒い筋が浮き上がる。  仮面(マスク)は禍々しく、凶悪に変貌していた。    強化外骨格(パワードスーツ)に備わっている機能の一つ、『液化人工筋肉(フィジークジェル)』が過剰反応し、外装の膨張と収縮を繰り返す。  赤黒く染まった生体金属(バイオメタル)に覆われた姿はまさに――『怪物(Beast)』。  「……ッ!? 」  このとき、剛鬼(タイラント)は自身の左手首が切断されていることにはじめて気づき、思わず後退する。  痛みを感じる余裕など、あるはずがなかった。  剛鬼(タイラント)の脳内は混乱を極める。  ……俺の装甲を……破った?……いや、ありえない。これは。  手首の切断面から、生体金属(バイオメタル)が血のように流れ落ちている。  自分の左腕に何が起きたのか理解できない。  打開策を練るが、何もまとまらない。  「な、なんなんだ……これは……てめぇ、俺になにをしたッ!!」  剛鬼(タイラント)はやっとの思いで、言葉を発した。  「知りたいなら、お前の十八番(オハコ)で吐かせてみろよ」  「ぁあ?…… 調子に乗んじゃねェぞォッ!」  剛鬼(タイラント)は左手首、右拳に生体金属(バイオメタル)を集中、凝縮させる。  黒澤もそれに応じて拳を固めた。  鬼と怪物、2体の怪人が対峙する。  距離は徐々に縮まり、そして――互いに拳を振りかざす。  回避という選択肢は両者にない。  幾度も拳を撃ち合い。  衝撃が部屋全体に伝わる。  床は砕け、めくれ上がり、衝撃の余波で窓ガラスが次々に割れていく。  ………30秒といったところか。  黒澤自身、この奥の手は使いたくなかった。   怪人を殺すのであれば、人の形態時に致命傷を負わせればいい。  仮に怪人化を許しても、並の怪人なら強化外骨格(パワードスーツ)のスペックで圧倒できる。  持久戦に持ち込むなりして、自壊させるのも一つの手だろう。  ……だが、幹部クラスは別だ。  怪人化した際の戦闘能力、その上昇幅は計り知れない。  強制的に強化外骨格(パワードスーツ)の出力を最大まで引き出すことで、辛うじて渡り合っている状態だが――。  剛鬼(タイラント)は攻撃の手を緩めず、一心不乱に攻め立ててくる。  拮抗する戦況の中、次第に均衡が崩れていく。  ……20秒。  互いの装甲が砕けては生体金属(バイオメタル)で覆い、再び撃ち合い、そして砕ける。  ……10秒。  生体金属(バイオメタル)の硬度、その制御は徐々に失われていく。  ……5秒。  剛鬼(タイラント)は勝利を確信したのか、余裕の表情を見せる。  ……3秒。  黒澤の装甲に亀裂が入り、破片が宙を舞う。  ……2秒……。  ……1秒。  ……0秒。  ……そして、時は訪れる。  怪人化が解除され、剛鬼(タイラント)はその場に崩れ落ちた。  胸部から腹部にかけての損壊が激しく、右腕は皮一枚でぶら下がっている状態。  片目が抉れ、骨と内臓の大半が欠損している。  「あ゙ァ゙っ゙……ガふっ゙、……、……グソがあッ!……ハァッ、ハァッ」  赤黒い吐瀉物が、黒澤の仮面(マスク)に降りかかる。  「……その状態で、まだ意識があるのか」  「……オ゙レ゙が負けるはずがねぇッ!……ゴれは何かのマヂガいでェ……ゾうだッ!ゾうにギまってる゙ッ!!」 「……よく喋る、どんな生命力してんだよ」  黒澤は何かに取り憑かれたようにぶつぶつと呟く剛鬼(タイラント)を見下す。  「……ゥぁ゙……あ゙………」  ……ありえない、そんなはずがない。  目の前にはズタボロになった黒澤が立っているはず――だった。  ――傷がない!?あれだけの殴打を、繰り返し受けたはず。  「――ナゼだァッ゙ァ゙ア゙!! 」  喉が潰れようと構いはしない。叫ばずにはいられなかった。  「それ、見えるか?」  鉛色の液体物が床を這っている。  それは戦闘中に剝がれ落ちた剛鬼(タイラント)の一部、その成れの果てだった。  黒澤が踏みつけると、足に吸いつき、飲み込まれていく。  「な、な……」  剛鬼(タイラント)は言葉を失った。  「生体金属(バイオメタル)制御の応用。身体に纏わせることしか考えてないお前には、無理な芸当だよ」  「……アえデ……チョ゙ウハツにの゙ッたの゙か……」    ………わざと隙をつくり、怪人化させた。  ………殴り合いに持ち込んだのも、生体金属(バイオメタル)を強奪し、強化外骨格(パワードスーツ)に取り込むため。    黒澤の狙いは最初からコレだった。  「敵の特性を解析し、計画的に利用する。お前は衝動的に戦いすぎなんだよ」    長い年月をかけて、黒澤が培ってきた経験は無駄にはならなかった。  コイツにもう用はない……ここで、殺す。  これからすることに一切の情はなかった。  「……テメ゙ェも゙かよ゙。その゙ミグダした目ェ、じョウグンとソっ゙くり゙で、吐きケがする゙ぜ……」  「……ああ、そうかい」  脚部の『超高周波振動発生装置(ヴィブロアクチュエーター)』を起動する。  生体金属(バイオメタル)が脚部に集中し赤熱化。  その熱で周囲の空気が膨張していく。  家屋が揺れだし、細かい木片が雨のように降り注ぐ。  黒澤は剛鬼(タイラント)の頭部を狙い、脚を大きく振り上げた。  歯や頭蓋の破片、飛び散った脳漿、その残骸が室内全面に散乱する。  ……少し、疲れたな。  ドサっと音を立て、黒澤はその場に倒れ伏した。  強化外骨格(パワードスーツ)の稼働限界、その上に疲労困憊ときた。  家が崩れると困るので、起き上がる気力も失せている中、なんとか気合いで上体だけを起こす。  仮面(マスク)に内蔵する通話機能を使い、ある人物に応援を要請する。  「玉木、聞こえるか?『剛鬼(タイラント)』と手下を始末した。生存者の救助と、後始末を頼む。あぁ、少年だ。親は……死んだ。しばらく面倒をみてやってくれ……はぁ!?俺だって忙しッ…………っ、ハァー…」  通話を終えると同時に仮面(マスク)を剥ぎ取る。  少年が遠くからジッとこちらを見つめていた。  「……ライダー、ダイジョウブ?」  「『レイダー』な。……ったく、後で訂正させてやる」  黒澤は、そう言うと糸が切れたように眠りに落ちた。
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