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1章 1話『そして、俺は人であること辞めた①』
――陽が沈みかけ、夕暮れの焼ける匂いが風に乗る。
膝を擦りむいた少年が、公園で目に涙を滲ませていた。
「マー君っ!!探したのよ!」
母親は、少年に駆け寄る。
「…………」
「……転んだの!?他にケガはない!?」
服についた土埃を払いながら、母親は心配げに尋ねた。
「……うん」
「ごめんね……ママ、また目を離して……」
母親は少年を抱き締めながら、涙声で謝罪した。
「……ぅ……ぁぅ……マ……マ……」
「よしよし。ほら、帰りましょ?夕食はマー君の好きなカレーだから」
――これは俺がまだガキだった頃か。
『マー君』、もとい、『一ノ瀬真』。
俺の名である。
幼少期の記憶なんて、ほとんどないが、母さんからそう呼ばれていたことは覚えている。
父は……母さんが妊娠したと分かるとすぐに姿を消したらしい。
当の本人は、『結果的にアナタに出会えたから別に恨んでいない』と言っていたが、真意は分からない。
その頃の俺はというと、勝手に外をほっつき歩くヤンチャ坊主だったようだ。
少しでも目を離すと、すぐキズを作ってくるもんだから、母さんはいつも不安にかられていた。
近所のおばさんがよく世話を焼いてくれたからよかったものの、そうでなければ今頃どうなっていたことか……。
他にも、仮面ライダーのお面を被って、年上のイジメっ子たちに殴りかかったことがあったとか。
泣き虫の俺にしては、中々に根性があったと思う。
『仮面ライダーはどんな強敵にも立ち向かう』、そんなところをカッコよく感じていたのだろう。
実のところ、イジメっ子に立ち向かったのも、別に正義感だとか勇気だとかを持ち合わせていたわけではなく、単にライダーの真似事をしたかったのだと思う。
誕生日に買ってくれたライダー図鑑を読むときも、ブラックよりシャドームーン、龍騎より王蛇と、どちらかと言えばダークヒーローのページを好んで開いていたような気がする。
そんな偏屈な子ども時代はとうに過ぎ、高校は陰キャ街道まっしぐらで、大した青春も送らなかった。
……ちなみに仮面ライダー好きは変わらず、変身グッズやフィギュアを部屋に飾ってはずっとそれを眺め、ニヤニヤしていた。
卒業したら地元で就職を考えていたが、母の説得で大学に行くことにした。
できるなら、お金のことでこれ以上苦労をかけさせたくなかったのだが、いざそれを言おうとすると言葉に詰まり、何も言えなかった。
そんな俺に人生の転機がくる。
――2020年2月13日。
大学受験当日、バスで会場に向かう途中だった。
白い煙幕が車内に充満し、気が付けばコンクリートの壁で囲まれた部屋に監禁されていた。
周囲には俺と同じように拉致されてきた人が何人もいる。
後で知ったが、同日、全国規模で何百もの人が謎の失踪を遂げたらしい。
『日本無差別失踪事件』とでも言おうか、どう見ても、国が震撼するレベルの大事件だ。
しかし、数日後に失踪者の家族及び関係者の誰もが『行方不明者本人の無事を確認した』と警察への捜索依頼を一斉に取り下げた。
政府はこの事件を解決したものとして大々的に報道し、一気に収束させる。
……どう考えても異常だ。
外がそんなことになっているとは露知らず、俺を含め、百を超えるであろう行方不明者達が拘束された状態で、とある施設に輸送された。
「なんだよ、これ……」
無機質な白い部屋の中央には手術台のようなものがあり、その周囲には医療ドラマで見かける多種多様な機器がずらりと並んでいた。
その異様な光景に、俺は思わず身構えた。
手術台の上を見ると、全裸の女性が寝かされ、四肢を固定されていた。
その横で白衣の男が何やら準備をしている。
銃を武装した数人の黒服達が、俺たちを囲み口を揃えて非人道的な言葉を吐いてた。
パニック状態で内容の半分も理解できなかったが……まぁ、そこからはなんとなく想像がつく展開だ。
逃げるやつはその場で射殺され、生きたいやつだけ手術台に立たされ人間モルモットにされた。
脳の部分切除に脳回路の移植、骨格の組み替え、筋組織・神経への多段接合、臓器の機械的置換、etc……。
モルヒネの限界投与をはじめとした、異常とも言える痛覚遮断処置を施され、俺の全身は執拗なまでに切り刻まれた。
「我々には、力が必要だ」
「我らが世界を救うため」
「忠義を尽くせ」
刷り込ますかのような言葉の数々。
まぶたを縫われ目が閉じられないまま数時間、絶え間なく流れるサブリミナル映像。
その間、脳に差し込まれた電極の感覚がずっと続き、何度も発狂する。
この時点で、手術に耐えられた者はたった数人のみ。
自分が生き延びられたのは、ひとえに運が良かっただけに過ぎなかった。
それから半年もの間、延命のために大量の薬物を投与される。
今はもう見なくなったが解放されて間もない頃は、幻覚や幻聴に悩まされたものだ。
だが、悪いことばかりではない。
オロチ将軍という偉大な指導者の下、これから俺は『九頭竜』の戦闘員として、組織に尽くすことができるのだから。
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