第10話 葉月政宗1

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第10話 葉月政宗1

 再命連(さいめいれん)とは名古屋を中心としたリターナーの女子を保護し、社会で生きていくための協力をする組織である。  再命連を作った、創始者であり現在の代表者でもある朝霧楓(あさぎり かえで)は、江戸時代で遊女として亡くなり、リターナーとして蘇生。現在もリターナーの女性の保護活動をしている。  極限状態で人間の弱さや醜さを見て来た彼女の考えは極めて現実的であって、社会がどのように転ぼうが、金が無ければ何も出来ないというものである。  朝霧楓は戦後の混乱期に、保守的な名古屋を拠点にすることを考えた。戦後にまだ日本の方向性が定まらない内に、朝霧楓は名古屋の財界人に嫁ぎ、土地を購入し、事業家として成功することになる。  それを可能にしたのは、朝霧楓の持つ『異能力』だった。  その目的は女性リターナーを保護するためであり、彼女の元には戦前から付き合いがあったリターナー、そして戦後の混乱期で誕生したリターナーが集まる様になった。  朝霧楓は複数能力者である。  死者をリターナーとして蘇生させる『異能力』『再命(さいめい)』。  そして性別年齢問わず老若男女問わず変身し、また老いるように容姿も変えられる『変身』の異能力を持っている。  これらを含む『異能力』が彼女を事業家として成功させ、表の社会で複数の顔を持つことを可能にし、そして名古屋を女性リターナー保護の拠点にするための大きな力になったと言われている。    そして現在。再命連には複数の顔がある。  表の社会では利益をあげるための不動産事業。訪問看護ステーション事業。介護事業。葬祭事業。名古屋カウンセリングセンターなどのカウンセリング事業を行っている。  裏側では、女子保護や女子シェルター事業をし、リターナーではない女性を保護している。  闇の事業と呼べる、悪質なリターナーを始末するという事業。  表の社会で上げた利益が、裏や闇の事業に使用されている構図だ。    ここは名古屋市で中堅の不動産会社であり、管理物件数はNo.2である株式会社青空エステートの接客用の部屋である。青空エステートもまた、再命連の表の不動産事業の中の1社である。  丁寧に手入れされた植栽。座り心地の良いソファ。中央のテーブル。  真示にはいくらなのか価格は分からないが、おそらく高級品と呼べる調度品。  慣れない高級ソファだが、座りごこちは確かに良いと感じる真示だった。  窓からは夕陽が差し込んできており、それを見ながら真示は目を細めた。    真示は思い出す。このビルの地下室で、あくまでイメージの中だったが朝霧楓(あさぎり かえで)と対面したことを。  真示と千歳は、自然発生的に蘇生したリターナーではない。  朝霧楓の『異能力』の『再命(さいめい)』によって、リターナーとして蘇生させられたのだ。  真示は、美穂を性加害した担任を追い詰める中で、スマホを奪取した時に、悪質リターナーによって殺されてしまった。だがその遺体を千歳は運び、朝霧楓に『再命』の使用を懇願した。  千歳の事を若いながらも、可能性や将来性を評価していた朝霧楓は、その懇願を聞き入れ、真示に『再命(さいめい)』を使用したのだった。  蘇生条件は、「朝霧楓に絶対的に従うこと」だった。  これを守れない場合は、真示の肉体は灰になる。  その条件を飲み、真示は生き返った。どうしても美穂を窮地から救いたかったのだ。  朝霧楓の『再命』は対象者の脳を蘇生させた時点で、その対象者とイメージの世界で面接を行う。  面接次第では『再命(さいめい)』は中止となる。  真示は確か朝霧楓の面接で「美穂を救えるなら、アンタの奴隷になっても構わない」と答えた記憶が残っている。  その時の朝霧の姿は、黒づくめの恰好をした物憂げな少女だった。真示に年齢を合わせたのか。正確には分からない。  朝霧楓に認められた真示はリターナーとして蘇生し、得た『強制自白』の『異能力』を使い、担任および担任が所属していたオンラインペドフィリアコミュニティを壊滅させた。現在は姉の千歳と一緒に再命連の闇の仕事をしている。    蘇生後、朝霧楓と真示が接触することはなかった。会う行為も禁じられている。  朝霧楓からの直接の命令はなく、再命連の幹部からの命令に従う事で、命令に従っているとされているのだ。    (それにしても、なぜここに呼ばれたんだろうか……)  改めて部屋の調度品を見渡し、窓の外を見てみる。夕日に照らされた名古屋市内が良く見えた。 (今頃、美穂はどうしてるんだろうか……)  美穂のことは頭から離れない。もう連絡が取れなくなってから1週間が経っていた。  コンコンとドアをノックする音が聞こえて来た。 「どうぞ」と真示は答える。 「失礼するよ」  男性が一人、部屋に入って来た。高級そうなベストを着て、ジーパンを履いた70歳ぐらいと思える年齢の割には、背筋も伸びて生き生きとしている初老の男性だった。表情はにこやかな感じである。  真示は、その人物が、バー「カリブ」で見たことがある人物だと思い出した。 「改めましてかな。バー『カリブ』での活躍。お見事だったよ。私はこういうものでね」  老紳士は名刺を取り出す。  名刺には「青空エステート 相談役 葉月政宗(はづき まさむね)」と書いてある。 「あの時は……ありがとうございます。僕は名古屋大学法学部2年生 朝日奈真示です」  名刺を受け取りながら、真示はバー「カリブ」の事を思い出したが、それよりも重要な事を思い出し、ハッとする。  葉月政宗(はづき まさむね)……その名前は確か陰陽流空手の創始者の一人だったはずだ。  
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