第12話 葉月政宗3

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第12話 葉月政宗3

 真示としては耳を疑った。 「射精を諦めるとは、葉月師匠、一体どういう意味なのですか?」 「文字通りの意味じゃよ。もちろん彼女の身体が開かれて、真示君を受け入れることが出来るようになれば、話は別じゃがな。少なくとも現時点ではそこまでは無理だ。それに射精とは結果であり目的では無い。これを理解出来なければセックスを理解したことにはならない」  真示としては、前半は同意できた。  しかし後半の意味は分かりかねたため、あごに指を付けて考えこむ。 「……確かに、現状では無理ですね。葉月師匠はどうしてこういう状態に、彼女がなっていると考えているんですか?」 「恐怖によるマインドブロックだろうな。心と身体というのは密接に関係している。心が危険と感じれば、体は防衛的に反応する。だから真示君。君は彼女とセックスをするのであれば、彼女のマインドブロックを解かなくてはならない。当然だがその期間は射精など出来ない。それでもやる価値はあると考えるかな?」 「……自分にとって愛しているのは美穂だけです。彼女が自分を受け入れてくれるなら、どれだけ時間がかかっても良い。何でもやりますよ」 「その言葉を聞きたかった。ところで美穂ちゃんか。彼女のマインドブロックについて、過去の性被害以外に何か心当たりはあるか?」 「……今のところ、自分では思い当たらないです」 「なるほどな。了解した」 「すいません、葉月師匠。先程射精は結果であり目的では無いとお話しされましたが、その意味は何なのですか?」  葉月はその言葉を聞いて、楽しげに笑った。  まるで禅問答を弟子にして、回答を楽しむ僧侶の様に真示は感じた。 「では真示君。セックスの目的とはつまり何だと思う? もちろん藤原美貴から、君が彼女にも気持ち良くなって欲しい。彼女を大事にして抱く男がいることを知って欲しいとは聞いた。ではセックスの目的の根本は何かと言うことだが、それはどう考える?」 「根本と言うと、子どもを作るためでしょうか?」  葉月は真面目な顔をして答える。 「それは他の動物と交尾と変わらん。人間だけなのだよ。セックスという行為を通して愛情を表現出来るのは。セックスとは人間が神から与えられた最大の愛情表現と言って良い」  真示としては初耳であり、驚くしかなかった。 「しかし葉月師匠、現実に性被害が原因で女性リターナーが自殺したり殺されて蘇生したりしている以上、それはあまりに理想論ではないのですか?」  言ってから、葉月に対して無礼では無いかと真示は心配になり、表情を伺うが葉月はこの禅問答を楽しんでいる様に変わらず見えた。 「日本で自由恋愛が大っぴらに許可される様になったのは戦後であり、それ以前は女性は男性の所有物でしかなかった。性愛を深めることもなく、子どもを産む存在か、性欲処理の存在としか見られていなかった。そして女の子は口減らしのために遊郭に商品として売られていった。今でも女性はせいぜい子育て要員か家事要員と考えている男性は多い。そして現代は性欲処理がネットを通じて大規模に商業化してしまった。性愛を育むことも意識して探さないと、学べない様になっている」  葉月は淡々と話したが、無念さが込められている様に真示は感じた。  葉月はため息をつく。  「もっとも大人自体がそれを理解していない。だから意識も技術も教えようがない。それが現状という事じゃな。せっかくの最大の愛情表現の価値をな」 「最大の愛情表現なんですか……」 真示にしてみるとまだその言葉は現実味が無かった。 「その通り。女性にしてみれば愛情を持って官能させてくれる男性は非常に愛おしい。男性にしてみれば愛情を持っている女性が官能している姿を見ることや感じること、これほど美しいものはなく、生きるエネルギーを得ることは無い。もちろん最終的に男性が射精に至ってもそれは良い。しかしそれが目的ではない」 (美穂の官能美か……)  葉月の断言した言葉に真示は驚く。  もし美穂が官能に悦んでいる姿を見れれば自分はどれほど幸せなのだろうかと。  しかしその姿をこの時の真示はまだ想像が出来なかった。  遠い目をしている真示に葉月は尋ねる。 「ところで真示君は、どんなAVを観ている?」 「AVは観ていないんですよ」 「ほう、現代の若者としては珍しいな。それはなぜだ?」 「中学2年生の時に、美穂が性加害にあってから、それから自分が性加害について色々と勉強している内に分かったんです。AVで行われていることはセックスではない。男性の自慰行為のために女性の身体を利用しているに過ぎないって。もっともそれ以前にはAVを観ていたので、姉に散々怒られて説教されたこともあったとは思いますが」 「なるほどな。しかし中学2年生でそれに気が付いて何よりだ。君の姉も再命連の中では噂になっているが、なかなかに厳しくて良いのう」 「厳しいということは、否定できないです」 「それで中学2年生以降は、AVを観なくなったということかな?」  真示は自分でも調べてみてショックを受けたことを思い出す。 「そうですね。調べれば調べるほど、『トラウマの再演』で性的自傷的にAVに出演している女優も多いと分かったので、とてもじゃないんですけどAVを観ても何も興奮しなくなってしまったんです」 「それは素晴らしい。AVは観ればみるほど、実際のセックスに支障をきたすことが、世界的にも問題になっているからの。男性の性欲処理に特化したものが、男性の性生活を阻害する。まさに滑稽な悲劇だが。それ以降の性欲には、どうやって対処している?」 「……自分の家は姉の監視が厳しいということもありまして……。姉と話し合って女性が書いている女性向けの官能小説なら読んで良いということになりました」  あの時は何日もかかけて、千歳とああでもないこうでもないとやりあったと、真示は改めて過去を思い出していた。 「なるほど。それは面白いな。読んでみてどう感じた?」 「女性が書いているので、女性心理がより詳しく書いている点が勉強になったというのもありますね。あとは男性が書くエロ漫画だと100%避妊しないのに、女性が書く官能小説だと避妊をしていたりしている部分は、重要だと思いました。女性の本音を知る上で役に立ちましたね」 「避妊もしないセックスの場合は、妊娠のリスクや恐れを常に女性は警戒しなくてはならない。女性が安心してリラックスしていなければ、女性に深い快感を感じてもらうことは出来ない。こういう基本的な事が分かっていないで、書く男性作家は確かに多いからの。あれは妊娠させることで女性の人生を拘束して支配する、支配欲を表現したものだと私は考えている」 「支配欲……」  真示は覚えがあった。今まで相手をしてきたペドフィリア達は、単純に性欲を満たそうとした訳ではなかった。  支配しやすい、自分より明らかに年齢の低い女子をターゲットにしていた。  彼らの願望にあるのは、支配し、そして自分を盲目的に愛して、奉仕してくれるペットの様な飼育欲を満たす存在だった。 「なるほど。真示君自身がAVに毒されているとなると、その洗脳を解くのが面倒だと思ったが、藤原美貴の見方は正しかったようじゃな。それでは私の指導を正式に受けるという事で良いか?」 「はい。是非葉月師匠の指導を受けさせて頂きたいと思いますが……すいません、この御礼はどのようにしたら良いのでしょうか?」 「ふ……そうじゃのう。上手く行ったらバー『カリブ』でおごってもらおうか」 「そ……そんなもので良いんですか? すいません、本当にありがとうございます」  真示は感動して思わず涙がでてしまった。 「泣くのは早いぞ。覚えることはたくさんあるし、まだ始まったばかりだからの。あとはとにかく音信が途絶えている彼女と話す方法を見つけるのが先だが、それは君が頑張ることだな。それと……事前にこれを買っておいてくれ」  メモ用紙に葉月が書いて渡した紙には、ベビーパウダーと書いてあった。
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