第3話 美穂の過去1

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第3話 美穂の過去1

 美穂が小学3年生だったころ。  原因ははっきりと覚えていないが、男子とくだらないことで馬鹿にされたことがあった。  よくある男子からのいじりだったと思う。  友達をかばって、美穂は弁が立つので徹底的に言い負かしたところ、今度はくだらない悪口を言われながら周囲を囲まれたのだ。    その時に、美穂の味方になってくれたのが真示だった。  10人くらいの男子が、美穂ともう一人の女子を囲んでいる状況だった。  そこに「つまんねえことやってんな」と真示が割り込んできたのだ。  女側につく女々しい奴など裏切り者とばかりに、男子達は集団で真示を囲んだ。 「こいつ女の味方してる!」「モテたいんじゃねーの?」とくだらない挑発をした男子のみぞおちに、真示の容赦ない連続の前蹴りがめり込んだ。  3人の男子はゲロを吐き散らせながら、悶絶して倒れこんだ。  「続けるか?」  残った周囲の男子の目を真示はひとりずつ見ていく。  ただの成績の良い、本好きの男子だと思われていた真示が、実は凶暴な獣のようなことが知られたのはこの時が最初だった。  残った7人の男子の誰も目を合わせようとせず、反撃してこないのを見て真示は口を開く。 「みっともないんだよ。女子の話を馬鹿にしてろくに聞かない奴が」    誰も動けないこの状況で、真示は一人歩いて自分の席につくと、いつも通りに文庫本を読みだした。  その時の真示の声色も、言い回りしも美穂は今でも覚えている。  その時から真示のあだ名は「狂犬」になったが、本人としてはどうでも良い様だった。  (この人、なんか好き……)  美穂の中で、真示への好意が生まれた瞬間だった。  美穂はどうにか真示に近づきたいと思い、真示がお父さんと叔父さんがやっている空手道場で練習していると調べて、美穂はそこに入門した。  真示は最初驚いたが、美穂が来てくれた事は嬉しかったらしく、空手の技術を丁寧に美穂に教えてくれた。  試合では真剣に応援やアドバイスも真示はして、美穂に真剣に向き合っていた。  だが女子と男子では精神の発達の度合いが違うのか。普段は頭の良い真示でも、美穂の好意には全く気付かなかった。  でもたとえ気付いてくれなくても、美穂にとってそれは小学生時代のとても幸せな記憶だった。  道場では真示の姉の千歳も一緒に練習しており、その上手さや技や形の優美さを学べたのが嬉しかった。  千歳も美穂と一緒に練習できることが嬉しかったらしく、道場で練習することが美穂にとって、体力的にはきついけども、とても楽しい時間だった。    しかし、小学6年生卒業間際に、この空手道場は終わることになる。  真示の父が原因不明の交通事故で他界し、空手道場も解散となってしまったのだ。  真示の父は空手の師範でもあり、空飛ぶ車の研究者でもあった。そのためその父の死は誰も信じられないことだった。  葬儀で泣いている真示や千歳を見て、美穂もショックと悲しみがさらにきつくなり、号泣してしまった。    その後、真示と美穂は、同じ中学に進学した。  中学生となり、美穂は真示への気持ちが募る一方だった。そのためいつ告白をするかタイミングを考えていた。  ところがその矢先、7月に真示は暴力事件を起こして停学になってしまった。  暴力事件を起こした原因となったのは、学校裏サイトだった。  学校裏サイトに千歳の写真を、ヌードにしたコラージュの写真が載っていたのだ。  その裏サイトを管理運営している3年生のグループは、そのコラージュ写真を消す代わりに20万円を持ってこいと真示に言ってきた。  真示は「それならそのサイトを良く見せてくださいよ先輩」と交渉し、千歳以外の女子のいかがわしい合成画像や、根も葉もない中傷が載っているのを確認した。    それから真示は一切教師を頼ることなく、自分でそれを管理運営している中学3年生のグループに制裁を加えて病院送りにした。  そのグループには当時のPTAの会長の息子も含まれていたので、裏サイト運営側に過失があるにも関わらず、真示は停学を食らうことになった。  真示は、初めからこれらの予想をしていたため、教師をあてにしていなかったのだ。  そしてこの事件により、中学でも「狂犬」のあだ名が定着した。    1年生の7月に制裁事件を起こし、1年の終わりまで停学となった真示だったが、美穂は学校で配布されたプリントを届けるという口実で、朝日奈家に学校の帰りに寄っていた。  それは誰も邪魔されない場所だった。  真示と空手の事を話したり、好きな本の話をしたり、美穂にとっては楽しみの時間だった。      逆に告白をするチャンスが出来たので美穂は嬉しかった。  友人に話したら、「アンタ、あの『狂犬』が好きなんて大丈夫?」と心配されたが。    美穂は確かに弁は立つのだが、口頭で告白した場合に緊張して上手く話す自信がなく、告白手段は手紙にした。  小学生3年生の時に男子から守ってくれたこと。  空手のことを、丁寧に教えてくれたこと。  本当は真示の事をもっと知りたくて、同じ時間を過ごしたくて空手道場にはいったこと。  中学校の暴力事件も、本当は千歳さんのことや、皆のことを考えて起こしたことで、私は大人が何と言おうと、真示君がやったことは正しいと思う。  いつも話を聞いてくれて、自分が正しいと思うことを他人に何を言われてもやり遂げる。  真示君は、本当の意味で優しい。だから私はずっと真示君の事が好きでした。  これらのことを、美穂の当時の文章力で書いたラブレターだった。  数日後に、美穂が家に帰ると、真示から手紙が来ていた。  内容は、「手紙ありがとう。ただ俺は恋愛というものがよく分からないから、今の時点で返事が出来ない。もう少し考えてから返事をさせて欲しい」  という内容だった。  美穂は正直なところがっくりと来た。  今までこの人は、私のどこを見ていたんだろう。  私が女子だから、親切で丁寧で話を聞いてくれたのであって、私が異性として好きだからそうしてくれたわけじゃないのか。  でも……。 「もう少し考えてから返事をさせて欲しい」という一文は、何か引っかかるものがあった。 「分かったよ。お返事ありがとう。真示君が考えてくれるのは嬉しいよ。大好きです」と美穂は返事をした。  そうしている間に時間が過ぎ、中学2年の春を迎え、朝日奈真示の停学は解け、真示は男子には恐れられながら復学した。  しかし、美穂にとって、その後の人生のトラウマとなる恐怖が始まったのは、この中学2年生からだった。
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