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第5話 痛い
「痛い!」
ここは愛知県の養老温泉のお洒落な旅館。
もともとあった古い旅館をリニューアルしたもので、いろんな湯が楽しめる人気の旅館である。
その旅館の夜22時。美穂の苦痛の声が響いた。
真示はその声を聞いて焦る。こんなに焦るのは戦闘で危機的状況に陥った時や、姉の千歳と組手をやって追いつめられる時ぐらいしかない。
(おかしいな。ちゃんと挿入出来ているはずなんだが)
「ごめん、えっとここだよね?」コンドームを付けた自分の男性器が間違ったところに入っていないか真示は確認した。
「ちゃんと入ってはいるんだけど……」
美穂の声は涙声になっていた。
「真示ごめん、痛すぎて無理。抜いて、お願い」
真示は美穂を傷つける気持ちは毛頭ないので、少し入ったものを引き抜いた。
美穂はそのまま、目を両手でおおい、体を横にして布団にくるまって、泣き出した。
「痛くしてごめん……美穂。大丈夫?」
「抜けたから痛みは無くなったから、大丈夫。……真示、今日は寝よ?」
「分かった」
コンドームを外し、脱いだ浴衣を着て、真示もまた横になった。
真示は横になりながら考える。
何が間違っていたのだろうかと。
今回の一泊の旅行、旅行という事でセックスをするということになることを、事前に美穂には説明していた。
せっかくの二人にとって初体験になるのだから、タバコの臭いがするようなラブホではなく、思い出になるような温泉旅館を選んだ。
AVではなくて、性教育の本を元に女性器の構造を真示は確認し、女性器がどこについているのかの模型も買って位置を確認し、万が一の事を考えて潤滑用のローションも用意して使った。
処女膜があるから痛かったのだろうか?
それとも、いきなり二人とも性体験なしで、セックスに挑むこと自体に、無理があったのだろうか?
セックスをする前に、美穂にしても良いかと聞いて、「うん、良いよ」と同意はしてもらっている。
ただ……唯一気になるとすれば、この温泉旅行の話をした時に、美穂は本当に楽しそうに応じてくれた。
だが実際に旅行に行く今日になると、美穂の表情は浮かない感じだった。
体調が悪いのかと心配したが、特にそういう訳でもなさそうだった。
そして実際にセックスを始めた時、美穂は不安でたまらないようだった。
あと気になる点としては……真示は記憶をさぐる。
確か「大丈夫だよ」と真示は濃厚なキスをして、美穂の乳房を触った。美穂はこの時に反応が乏しかった。女性なら乳房を触られて何か反応があるのではと思っていたが、特に何もなく、キスも今一つ元気がなかった。
(体調でも悪いのだろうか)と真示は考えた。
それから真示は、美穂の女性器を触り、乾いているのに気が付いた。
このまま挿入したら痛いだろうと思い、ローションを使って、挿入をした。ローションを使うのにも、美穂に聞いて同意はしてもらった。
何が間違っていたのだろうか?
悶々としながら、真示は寝るしかなかった。
隣で美穂は寝ながら泣いていた。
(ごめん真示。せっかくこんな素敵な旅館を用意してくれたのに……。私、結局、男性恐怖症を克服出来てないんだよ。だから怖いんだ)
翌朝、朝食はビュッフェ形式だったが、適当に済ませて、そして2人は適当に帰った。
というのも、真示としても何を話していいか分からなかったのだ。
美穂は美穂で、黙ったまま下を向いており、この電車の時間は2人にとって、とても辛い時間となった。
帰ったあとで、真示はLINEを送る。
「今回はありがとう。いきなりで痛くしてごめん。ゆっくり慣れていけば良いと思う」
「今回は素敵な旅館を取ってくれたのに、真示の期待や気持ちに応えられずにごめんなさい」
「お互い初めてだからしかたないよ」
「私ね。多分男性恐怖症が治ったつもりでいたけど、真示に抱かれた時に分かった。治っていないの。怖いの」
「そうなのか?」
「だから……真示だって女の子とセックスしたいよね? 私は真示の彼女に相応しくないと思う」
「いや、そんなことは無いよ。俺がことを急ぎ過ぎたというのもあるし、カウンセラーに相談しながら、ゆっくりとやっていけばいいんじゃないかな? 俺も一緒にカウンセリング受けても良いし」
「ゆっくりとやっていけばということは、真示の中ではセックスをしたい気持ちが強いんでしょ?」
返信せずにいるとさらにLINEが来た。
「正直に言って」
「まあ、強くはあるが、美穂を傷つけたくない気持ちの方が強い」
「それなら、しばらく連絡しないで」
「えっ……それはどういうことなの?」
それに対する美穂の返信は無かった。
真示がLINEしても、電話しても出てくれない状態が続いた。
これが数日前に起こったことだった。
場所が変わり、ここは名古屋市瑞穂区の真示の家。父が生きていた時に建てた家は売却したため、今は真示と千歳、母で住める2階建ての3LDKの貸家に住んでいる。
時間は22時に、バー「カリブ」から帰ると、外でびしょ濡れの上着を脱いではたいて、真示は玄関から家に入った。
とにかく風呂を済ませ、自室で鬱々としていると、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「真示。入っても良い?」その声は名古屋大学4年生の姉の千歳の声だった。
「……良いよ」
ノブが回り、千歳が入ってくる。明らかに機嫌が良いとは言えない顔だ。
千歳は真示よりも、陰陽流空手の実力でもはるかに強い。真示を普通に恐怖させることが出来る人物である。
「真示」千歳は低い声で言う。
「真示の深刻な絶望の感情が流れ込んできて、驚いて起こされたんだけど」
「ああそうか。いや、それは申し訳ないな姉さん」
「何があったのか。正直に言いなさい」
千歳はニッコリと笑って言った。目は笑ってなかったが。
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