○第2話 聖女と王子

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○第2話 聖女と王子

「聖女様。本気で、イーサン王子殿下を救おうとされるのですか?」 「当たり前でしょう。それが、聖女のお役目です」  クラリッサは、護衛騎士の声に潜む非難の響きを、極力意識しないように努めた。  部屋の中には、ベッドで横たわるイーサン王子と、聖女クラリッサ、そして聖女の護衛騎士カエンの三人しかいない。  明かりの灯された部屋で、クラリッサはイーサンの手をそっと握った。  状態を調べるために、イーサンの手を通して、クラリッサは自分の魔力をイーサンの体に流し込んでいく。  入れ替わりにイーサンの思念のようなものが、クラリッサに流れ込んできた。  イーサンは、どこか、真っ白な世界にいるようだった。 『イーサン』  クラリッサはイーサンに声をかける。 『イーサン、どこにいるの? わたくしよ、クラリッサよ。覚えている?』 『クラリッサ?』  グレーの瞳を驚きで見開いたイーサンが、やってきた。 『わぁ、クラリッサ、久しぶりだね。まさか、こんなところで会えるなんて』 『イーサン、一体、何があったの?』  クラリッサが尋ねると、イーサンは悲しそうに視線を落とした。 『母上は……義兄上が王太子となることが、国を安定させると考えられた。そして、私を殺害しようとされたのだ。あんなに苦しんでいる母上を、私は見たことがない。私は、ならば、王位継承権を返上し、母上と2人で、地方にでも移り住みましょう、と申し上げたのだが』  イーサンは静かにただ前を見つめていた。 『母上はもう、私の言葉は、耳に入らないようだった。もし、あんな状態になる前に、母上とお話ができていたらと思うと、残念でならない』  イーサンは、自分に毒物を与えた母親を、恨むこともなく、ただ、本当に心から王妃の苦しみをわかってあげられなかったことを悔い、もっと早く話すことができたら、と思っていることが、クラリッサには痛いほど伝わってきた。  そっと、イーサンはクラリッサの手を取る。 『本当に久しぶりだね、クラリッサ。いや、。こうして君に会えたなら、毒薬を飲んだのも悪くなかったと思えるな』 『殿下、笑いごとではありません』  クラリッサは顔を赤くして、イーサンから手を離そうとしたが、できなかった。 『、君がこうしてここにいるってことは、私はまだ死んでいないんだね? 君の回復魔法で、私の体を救ってくれるつもりかい?』 『あ、当たり前のことですわ。わたくしは王家にお仕えする聖女。王家の方々の命をお救いするのは、当然のことです』 『でも、それは君の命を縮める』  イーサンはクラリッサの手を引き寄せて、その静かな瞳で、じっとクラリッサを見つめた。 『いつまでこんなことを続けるの? 君が聖女に選ばれた日に、私は言ったよね? あの会話を、覚えているの?』  クラリッサは必死にイーサンの手を振り解こうとするが、イーサンの力は案外強くて、クラリッサは何もできない。  イーサンは、クラリッサを抱きしめた。  固く強ばるクラリッサの体を抱き、労るように彼女の背中を撫でる。  イーサンの唇が、愛おしむように、クラリッサの長く美しい金髪に触れた。 『”イーサン王子殿下、わたくしは聖女となりました。これからは、王家のために心よりお仕えする所存です。ですので、これからはもう、今までのようにお会いすることはできません”』  イーサンはクラリッサの言った言葉を寸分違わず、あっさりと再現してみせた。 『それで、私は言ったんだ。”クラリス。私は今でも君が聖女になるのは、反対だ。君は自分の命を、たとえそれが王族でも、他者のために投げ出す必要はない”』 『……イーサン様、時間はあまりありません』  クラリッサは強引に会話を終わらせた。  イーサンの腕から抜け出す。 『わたくしはあなたに回復魔法をかけます。どうぞ、戻ってきてください』  イーサンの姿が、小さくなっていく。 『クラリス、君はいつも私の言葉を、聞いてくれないんだね』  イーサンの最後の言葉が、悲しげに響いた。 『クラリス、私の体は助けられても、私の心は、永遠に壊れたままになるだろう』
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