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《インフルエンザ》
ユイルはされるがままワックの家に行き、料理までもてなされてしまった。
出された料理は寒い日にはぴったりの白いシチューでワックは熱々のうちに食べている。だが、ユイルは動揺した様子でじっと見つめていた。
この死人が出る能力を持って以来、初めてのもてなしであった。
「食べないっすか、シチュー。美味しくできたっすよ?」
「あ、あぁ……。いただくよ」
スプーンですくってふぅふぅと吹いて口に運べば、鶏肉のうまみと野菜のうまみが詰まった美味しいシチューであった。
「うまい……な」
「美味しいでしょ? 結構頑張って作った甲斐があったっす!」
相変わらずにっこり笑顔で自信を見つめる金色の子供に、ユイルは踏ん切りがついたようにスプーンを置いたかと思えば、近寄って頬に触れてみた。
やはり触れてみると人間の温かさを感じる。だが触れていくうちにワックの顔が次第に紅潮してきたので手を止めた。
「なにするんすか……、その……恥ずかしいっす」
「具合は悪くないか?」
「悪くはないっすよ。ただ、ちょっと恥ずかしかっただけっす」
そのままシチューを食べ始めてしまうワックのユイルは少し微笑んで自身もシチューを食べようとした。
だが触れた理由も話すべきかと、シチューを一口飲んでから口元を拭う。
「俺は人と話すだけ、触れるだけで相手を急速に”インフルエンザ”に感染させる能力を持っている」
ワックのスプーンをすくう手が止まる。そしてユイルを凝視した。
「……インフルエンザって、あのスペイン風邪っすか?」
「あぁ、そうだ。しかもA型、B型、C型でもない不明なインフルエンザでな。相手に少しでも触れただけ、話しただけ、居ただけで……そいつは最悪、――命を落とす」
衝撃的なことを話し出すユイルにワックは口をあんぐりさせた。深緑の瞳が零れそうなほどだ。
そんなことなどお構いなしでユイルはシチューを食べだした。濃厚な鶏の出汁が効いたシチューを食べているとワックが途端に声を上げて驚いていたのだ。
当たり前の反応だなとユイルは感じた。
「じゃ、じゃあ、おいらも感染しているってことっすか!? えっ、でも、――喉の痛みとか、熱とかないし……?」
「そこなんだ。どうしてだがお前には効かない。それがどうしてだがわからない」
空になった皿にワックは「おかわりいるっすか?」尋ねれば少し顔を赤らめてユイルは頷いた。可愛らしいところもあるのだなとワックは鍋に残っているシチューをすくう。
そして、ユイルを連れてきた本当の理由を話そうとした。
「お願いがあるんす、ユイルさん。その能力がおいらに効かないのはわからないっす。ただ……この村を救って欲しいんす」
「この村をか?」
そんなことできるわけないだろうと高を括るユイルではあるが……ワックの深い緑の瞳は輝いていた。
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