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3.ヘタレ後輩を部屋へ呼ぶ
ーーーそして、週末。
「……入れよ」
「あっ、はい。お邪魔しますーーー」
少し緊張した面持ちで対馬のマンションの部屋へと上がる榎本。
「先輩、いい部屋住んでますね。
めちゃくちゃ片付いてるし、綺麗でスタイリッシュ。」
「ん?ん、、。まあな…」
(そりゃあ今日のために3日かけて必死で掃除しまくったからな。今この部屋の中には塵一つ落ちていない自信があるよ)
と、思いつつも素知らぬ顔でリビングへと榎本を通す。
「あっ、先輩。じゃあこれ、約束の。」
「えっ?あ、ああ……うん。サンキュ…」
榎本は対馬に横長のケーキ箱を差し出した。
約束……などしたことはない。
榎本が勝手に、”マカロンを好き”だと呟いた自分の言葉を頭に記憶して、しかもわざわざ取引先のスイーツ専門店のお偉いさんに話を通して、個数限定予約販売の順番抜かしをやってみせた…だけだ。
だけ……のはずだが。
「せ、先輩?顔、赤いですよ?大丈夫…?」
「な、なっ、なにも、…なんでも無い。
お茶淹れてくるから……適当に座ってろよ」
そう言ってキッチンへ向かい、コーヒードリッパーのオートボタンのスイッチを入れる。
タポタポ…と黒い液体がガラス容器に溜まっていく。
ちょうどリビングからは死角となっているシンク横の手元。
あらかじめ準備しておいた、同じ柄のティーカップとソーサー、2組を見つめる。
「…………」
対馬は恐る恐る、ズボンのポケットの中へ手を忍ばせた。
指先に当たる……銀色の小袋のカサリという感触。
どうしよう。今更になって。
やっぱり、こんなこといけない……いや、だけど。
1人困り顔で、リビングの榎本を見つめる。
こちらに背を向けて、ローテーブルの前に胡座座りをする榎本。
黒いポロシャツの背中がやたら大きく見えるのは気のせいか?
(あいつ、あんなに男らしい体格だったか?)
「…………」
こんなにも自分が卑猥な考えをしてしまう人間だったなんて。
恥ずかしくなってくるが、もう、そこから先を真面目に思考することは出来なくて。
極度の緊張感のなか、アドレナリンが分泌されているのか変に高揚していた。
ーーここまできたんだ、やってやる。
少し震えた手でコーヒーを二杯分注ぐ。
淹れたてのマンデリン・キリマンジャロブレンドのとても芳ばしい香りが辺りに漂った。
そしてその瞬間……昨日の記憶が蘇る。
いつもの珈琲店でいつもの購入する豆の倍、100グラム900円もする豆を奮発して購入したソワソワする自分の姿が。
(ああ…やっぱり香りからして違うんだな…さすが高級豆、しかも挽立て。)
これだけいい豆のコーヒーを用意すれば文句はないだろう。
ーーーたとえそこに謎の薬が入れられていたとしても…少しは許される………はず。
(せめてものーーー計らいだ。
……心して飲め、榎本。)
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