B-1、10年後

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B-1、10年後

 田中大輝は、妻のはると結婚して8年になる。はるは新進気鋭の社会学の学者。その若さと、時々外すコメントがウケて昼間の情報バラエティー番組のコメンテーターまでやっている。  大輝は自分の子供は持たない事に決めていた。大事な人が増えれば増えるほど、失った時の喪失感に耐えられない。この気持ちを、はるは理解してくれた。 「じゃあ、依頼があった仕事は全て受けていいってことだよね」と言って笑っていた。  よくも悪くも妻が「テレビに出るような人」になってしまって、それが揶揄いの種になって、若い頃のように仏頂面もしていられなくなった。  大輝の今の役職は、コンプライアンス室の室長だ。大輝は42歳になっていた。 3カ月前、父が死んだ。 最後は落ちる所まで落ちた人生だった。ワンルームの賃貸マンションで孤独死。まだ、70にもなっていなかった。 仕事も、あの事件以来、ほとんど無くなっていたようだ。部屋の特殊清掃を頼んだら、父の預金は10万も残らなかった。 葬式もしなかった。荼毘にふして納骨だけした。田中家の総本家が引き取ってくれると言うので、奥多摩まで、はるとお骨を持って行った。  田中光さんという若い神主さんが簡単な「埋葬祭」をしてくれた。光さんと奥様の美穂子さん、大輝とはる。たったの4人で父と最後のお別れをした。  母とエリカは、横浜の母の実家の墓に眠っている。 納骨が終わって帰る時に、母屋でお茶を頂いた。神主の光さんが、僕を見て言った。 「力を授かっているのに・・・見ないふりをしてらっしゃいますね」
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