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僕はそのまま反対側にいる30代くらいの男にも近付いた。
「何かを僕に言いたいのか?」
その男も僕と目を合わせたまま、ずっとパクパクしているだけだった。
よく口元を観察すると、ずっと短い単語を間髪なく繰り返しているのが分かった。
「…に?…に…え…いや、げ?…お…っ!?」
ずっと区切ることなく繰り返しているため、どの文字から始まるのかが断言できなかったが、僕は彼らが言っている単語が『逃げろ』だと理解した。
その瞬間、寒気とともに身体が震えた。
僕は頭がおかしくなりそうでフラつきながら一歩後退すると、床に落ちていたテレビのリモコンを踏んでしまい、偶然にもテレビが点いた。
「…はぁ…はぁ…、駄目だ、水咲には悪いけど今日は帰らせて…っ!?」
僕はテレビ画面を見て固まった。
ニュースがやっており、事件の報道をしていた。
『…男性が行方不明となり、1か月が経過しました。未だに重要な手掛かり等は分かっておらず、警察の捜査は難航しているようです。この事件は1か月前、東京都に住む山田◯◯さん25歳が、自身の通う大学から帰る姿を最後に行方が分からなくなったものです。その日の最後の目撃としては…』
ニュースを読むアナウンサーの右上には、その行方不明の男性の写真が出ている。
「…この男って、ここに…。」
僕がさっき話し掛けた男がニュースに映る男と瓜二つだった。僕がその男に振り返ると男はテレビの画面をじっと見つめていた。
…この男は何処かで死んでいるってことか。でも、何でその男の霊が水咲の部屋にいるんだ…。
ガチャ、短いシャワーから戻ってきた水咲がバスタオルを巻いただけの姿で現れた。何故か壁側に立っている僕を見て、水咲は首を傾げた。
「何してるの?」
「あ、いや…、虫がいたように見えたから捕まえて外に出そうかと思ってさ。逃がしちゃったよ、ごめん。」
「あ、そうなんだ。逃がしちゃったんだね。」
急に水咲の声のトーンが変わったように感じ、僕は水咲に視線を向けた。水咲は、テレビを見てクスッと笑った。
「…このニュースの人、知ってるの?」
嫌な予感がした僕は恐る恐る質問した。
「…どうして?」
水咲は目を逸らしながら質問で返した。
「…今、何で笑ったの?」
僕がまた質問で返すと、水咲はフッと笑った後に一拍置いてから話し始めた。
「…だってさ、本人は死にたいって言ってたのに…周りの奴らは本人の気持ちなんて理解もしないで、まだ捜してるんだって思ってさ。」
…は?
僕は水咲の言葉が直ぐに理解出来なかった。
「聖人さ、見えてるんでしょ?この部屋にいる男たち。」
水咲はニヤリと笑いながら僕の目をじっと見つめた。僕は霊を見ることよりも強い恐怖を感じた。
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