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平凡
遠くで、聞きなれたアラームの音がする。
んん、と身を捩れば、ピタッと音が止まり、再び訪れた安眠できる状態に体の力を抜いた。
「あでっ」
「起きろ馬鹿」
けれどそれは、つかぬ間の安泰で。
どうやら頭を叩かれたらしい。
頭を叩かれた痛みより、声を発した彼の負のオーラを背中越しにビシバシと感じたため恐怖により意識が覚醒していく。
体を起こして目を擦れば、ベッドの傍にはもう制服に着替えたらしい同室者の姿があって、ガシッと服を掴む。
効果音からして、少女漫画のヒロインがヒーローの袖を掴むような可愛さはないということはご察しの通り。
「まって待って、いまなんじ?」
「離せ。服伸びる」
「何時」
「6時だから落ち着け」
「置いてかないで!」
「耳鼻科いくか、俺に殴られるか」
「学校行きます」
「はい殴る」
そう言って腕を振りかざしてきた彼に「まじかよ」と思い顔を両腕で覆えば横腹に食い込む拳。
声にならない呻き声を上げながら殴ってきた張本人を睨みつければ「選択肢外は即殴る」と言われ、呆れたようにため息をつけば次は足で蹴られる。
暴力反対DV反対!
そういえばなんで耳鼻科?と会話を思い返せば「6時」と言われたような。
俺は「7時」と聞き間違えて置いていかれると思ったからそう口にしたのだが、それを知らない彼からしたら本当に耳が悪い案件だ。
「耳掃除しろ」って言われたのもそのせいか。
「うわーこれ殴られ損ってやつ?」
「殴られて得する事あんの。もしかしてM?」
「Sな。ドがつく程の」
「この前ケツ叩かれて喜んでたのは見間違えか」
「いやそれまじで見間違え」
びっくり、思いっきり顔顰めてたはずなのに嬉しそうに見えたの?
多分あんた変なフィルター掛かってる。
そう思って、彼の掛けている眼鏡を取り耳にかけてみれば確かに同室者くんがMに………は、見えないな。
度がキツすぎて目がグワングワンする。
彼がMなら予想外すぎて瞳孔が目ん玉の裏側に行っちゃいそうだ。
はっ、もしかして俺すら気付いていないM心が反応したのに気が付いたとか?
なにそれ俺の事めっちゃすきじゃん。
「いった!なんでまた殴る!」
「顔がうざかった」
「俺の平凡顔はいつもでしょ」
「そうだな」
肯定しやがったコイツ…と眼鏡を床に叩きつけてやりたがったが物に罪は無いし、それをした時俺の命が保証されるか分からないのでそっと返してあげる。
まあ別に平凡、と言われるのはそれと言ってダメージはない。
顔の良い奴らが重宝されるこの学園じゃ嫌な目を向けられることも多々あるが、それでも変わらず傍に居てくれる同室者くんがいるから良いのだ。気にしない。
「ほら、さっさと朝飯作れ」
「いつになったら君は料理が作れるようになるのかな?」
「お前が居なくなったら」
「じゃあ一生出来ないね」
一生、なんて重かったか。
と、さり気なくみた彼の横顔は大して気に留めていないようで安心する。
俺と一生を過ごすことに抵抗はないのか。
ちゃんと聞いていなかっただけなのか。
おそらく後者だろうが否定されなかった事が嬉しくて、俺は鼻歌を歌いながら台所へと足を運んだ。
あ、そういえば自己紹介してなかったね。
俺の名前は平野凡。
今年17のピチピチな男子高校生!
あだ名は名前から平凡。
故意に名付けたであろう名前を恨んだ時もあったが、今では大事にしているし、ネタにもなるから良いかな。
まあ俺の事はこれくらいにして、同室者の紹介をしよう。
今は多分洗面所にコンタクトを付けに行ってるのかな。
彼の名前は八重隆介。
いつからかは覚えてないけど「隆」と呼んでいる。
俺は彼を親友だと思っているけど、多分片思い。
切ないね。
そして容姿だが、……まあそこそこかっこいい。
……………そこそこだから!
ダンッと、つい力を入れすぎて転がったじゃがいもを横目に包丁を握り直して「はぁ…」とため息をつく。
音に驚いたのか隆がこちらを覗いてきたが、今はその整った顔が憎たらしいのでシッシッと猫を追い払うように手を振る。
すると彼は眉を顰めながら近づいてきた。
「怪我は」
「ないない」
「てきとう」
「じゃあイケメン滅べ」
「脈絡な」
「俺の中ではあったけど」
「お前の中の話なのに俺に理解求めんな」
そう言って転がったままのじゃがいもを手に取った隆がそれを「ん」とカンタの如く差し出してきたので、サツキの心情を読み解きながらそれを受け取る。
サツキはあれで恋に落ちたりしたのかね。
「…てかなんでじゃがいも?」
「は?」
手に取ったじゃがいもをみて、ふと湧いた疑問を自分に問いかける。
朝食にじゃがいもってなかなかハードなお題じゃね?
ポテトサラダを今から作るってのも時間かかるし。
数分前の自分を思い返して、寝起きでまだ頭が働いてなかったのかな、と完結しそれを半分に切る。
「どーぞ」
「……なにこれ」
そうして出来上がったのは、ホクホクと湯気のあがるじゃがバターでした。
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