先生

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先生

授業を全て終え、迎えた放課後。 俺は隆と色に断りをいれ図書室へと足を運んでいた。 無論、朝に言われた橘先生の件だ。 図書委員とは言っても、受付やら本の整理やらは進んでやってくれる人がいたため俺の仕事は全くと言っていいほどなく、図書室の仕事をする事は滅多にない。 けれど橘先生とはそれなりに親しくしていて。 その背景にはちゃんとした理由があった。 「失礼しまーす」 「どうぞー」 俺が訪れたのは図書室を入ってさらに奥。 受付とは反対方向に位置する、存在感のない扉を数回叩けば中から気の抜けた炭酸のような声が中に入るように促す。 それを確認して握ったドアノブを手前に引けば、途端いつものコーヒーの香りが漂ってきた。 「あ、またお菓子食べてる」 「凡君もいる?」 「チョコですか?」 問かければ頷くので、手を差し出せば上にポト、と落とされる馴染み深い金包みのチョコ。 美味しいやつだ、と受け取ったそれを早速あけて口に放り込めば、見計らったようにホットミルクの入った白のマグカップを渡される。 分かってるじゃん先生! 「それで今日はなんで呼ばれたんですか?」 ソファに座り、口のチョコを味わいつつミルクで流し込んで、身体が温まる感覚にほっと一息ついた頃、俺は本題を切り出す。 今回は色々と謎が多かったから気になっていたのだ。 例えば、いつもは人目を気にして廊下ですれ違う時にしか声を掛けてこないのに、今日はわざわざ視線の集まる教室で俺に話し掛けてきたこと。 あと、さっきから忙しそうに叩くキーボードの周りに高く積み上げられている資料のこととか。 面倒ごとは先に全て終わらせてしまうタイプの先生だからこんなに仕事に追われているのは珍しい。 つまり色々と例外が多いのだ。 「うぅ…」 「え、えっ?なんで泣くのせんせ」 そう思って話を促したのだが、俺の顔を暫く見つめた橘先生はボロボロと制御が外れたように涙を零し始めた。 突然の事に俺は瞠目して手にあったマグカップを机に置いてから、先生の元へ駆け寄る。 背中をさすってあげれば、更に悲惨な状態になる彼にどうしていいのか分からず、取り敢えずポケットからハンカチを取り出して手渡した。 一体どうしたって言うんだよ。 それから数分後、やっと落ち着きを取り戻した先生は眼鏡を拭い、ショボショボな目で話し始めた。 「実は1年生に外部生が入ってきて…」 「名前は?」 「…日坂太陽(ひさか たいよう)」 当たり前だけど色の名前じゃないことに安心して、続きを話すように視線を送る。 「その子が今、生徒会役員に凄く好かれてるんだ」 「え、あ?ああ…」 まず初めに驚き。 次に積み重ねられている資料の内容と、先生が何故こんなにやつれているのかを理解して同情の目を向けた。 あらかた生徒会が転校生を気に入ったことで親衛隊が荒れ、生徒会の顧問でもある橘先生がそれに関する始末書などの整理に追われているんだろう。 しかしひとつ納得したところで、すぐ別の疑問が浮かび上がってくる。 「あの副会長がそれを許したんですか?」 その問い掛けに先生は目を逸らして、少し気まずそうに口を開く。 「…直君が一番彼のこと気に入ってて」 「うっそ、あの人が?」 「今まで仕事頑張ってきた分、日坂君の言葉が心に来たんだろうね」 「なんて言われたんですか?」 「無理に笑わなくていい、自分を犠牲にするな、だって。彼にあんな嬉しそうな笑顔で語られたら僕も止められないよ…」 実際に本人から聞かされた話なのか、萎んでしまった橘先生を励ましつつ俺の思考は別の方向へと進んでいた。 生徒会副会長、出雲直(いずも なお)。 直接の面識はないが、あのバ会長がグチグチと愚痴っているのをよく聞かされていたのでどういう性格なのかはある程度知っている。 集会などで前に出る彼を見ていても真面目そうで、親衛隊に関しては1番気を配っているようだったのに。 そんな彼が今、1人の生徒を気に入っている? こんな短い期間でどんな心変わりがあったのかは分からないが、取り敢えず色が危ない、ということだけは長年培ってきた危機察知能力で理解した。
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