フリーハグ

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フリーハグ

「後輩って俺の顔好き?」 図書室に着き、入口付近に本を置いていればふいに先輩がそんな事を聞くので俺は目を瞬く。   「えっ。先輩の顔好きじゃない人いるんですか」 「いるにはいるよ。絢斗とか」 「あれは自分が一番なんで含めちゃだめです」 「確かに。というか後輩はなんで絢斗と仲良いの?」 「良くない良くない」 ただ虐められてるだけです。と全力で否定すれば先輩はそうなんだ、と言いつつも納得していなさそうに首を傾げる。 今頃会長はくしゃみでもしているんだろうか。 「でも後輩もさ、俺の顔大して好きじゃないよね」 「どこをどう解釈してそうなったんですか?大好きですけど」 「なんか周りと見る目が違う」 「ラブユー先輩フィルターの影響かな」 「なにそれ」 口を押さえて笑う先輩に、廊下を通る生徒らがみな「ほぅ…」と息を吐いて顔を赤らめる。 変面師くらい早い変わりよう。 それを横目に、何ともならない俺は確かに先輩の顔が大して好きではないのかもしれない、と思う。 いや、イケメンに耐性があると言った方がいいのか。 隆と色の顔を思い浮かべて、けれどすぐに頭を振る。 自分が惨めになるだけなので。 「あと一往復くらいで終わると思うんですけど、手伝って貰えたりとかって…」  「もちろん」 「やった!」 そこからは新歓や図書委員内のイベントについて話し、軽く冗談を交えて笑っていればいつの間にか全ての本を運び終えていた。 「せんせー運び終わりましたよ」 「え、もう?早いね」 「文哉先輩が手伝ってくれたので」 「手伝いました」 「そうなんだ。お疲れ様」 再び室内に入れば、幾分か減った山積みの資料を見て少しだけ安心する。 そこで先輩が橘先生に用がある、と言っていた事を思い出し彼に目を向けた。 「俺、出ましょうか?」 「なんで?」 「橘先生に用があるって」 「後輩はいてもいいよ」 ぽん、と俺の肩に手を置いてから座る橘先生のそばへ行く彼を見やって、ドアノブにかけていた手を下ろす。 それなら課題でもしてようかな。 そう思い、2人の話が終わるまでの間ソファの前にある机の上に数学プリントを広げ、今日習った範囲の問題を解いていく。 途中、公式が思い出せずノートを開けば、芋虫のような文字が顔を出し、誰だ真っ直ぐな線を引けないのはとノートの表紙を捲れば濃くはっきり"平野凡"と書かれていて頭を抱えた。 今更だけど俺、こんな字汚いの。 隆も奥田も馬鹿だからノートとってないだろうし、それ以外に関わりのあるクラスメイトも思い浮かばない。 朝はやく教室行って誰かの写すか?とも思ったがもうすぐ考査があるから自力で解かないと分からなくなる。 どないしよ、と思ったところで、ミルクティーベージュの髪が目に入り閃いた。 話も丁度終わったのか、チョコ片手にこちらへ向かってくる彼を確認して口を開く。 「先輩!」 「なに、後輩」 「数学教えて下さい!」 「いいよ。どこ?」 「神…!!ここなんですけど…」 そこから約30分かけて、数学プリントを終わらせることが出来た俺は満足したあと、文哉先輩に頭を下げた。 「ありがとうございました!」 「どういたしまして」 「お礼とかいります?」 「あるなら」 「肩もみ!」 「凝ってないかな」 「じゃあ腰もみ!」 「腰も痛くない」 「足もみ…!」 「大丈夫」 横で先生が「良いなぁ」と小さく呟くなか先輩には全てを拒否されてしまい、あと俺には何が残って…と考えれば一つだけ思い浮かぶ。 「あっ、フリーハグ!」 「よし」 ばっ、と腕を広げれば、先輩は満足そうに頷いて俺の胸に頭を埋めた。 まさか冗談半分で言ったこれが採用されるとは思っておらず、動揺から心拍数が急上昇する。 目線を下げれば普段は見えないつむじが晒されていて、謎の背徳感に浸りつつ俺は意思のないただの木なんだと思い込む。 ああ…本当に今日が俺の命日かもしれない。 背後には気をつけないと。
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