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弟
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴ると同時に教室へ入った俺らを何人かの目が射止める。
好奇、驚愕、嫌悪とか。
最後に関しては俺に向けてだろう。
俺だって自分の立場を理解している。
隆に話しかけることの出来ない子が同室の平凡な俺に対して腹を立てているんだろう。
同じクラスにそういう存在がいるというのは若干居心地が悪かったり。
「おうおう遅刻かー?」
「まだチャイムなってるからセーフ」
「そういえば三秒ルール極めてたな」
「どこ情報??」
そんなことした記憶ない、という訴えにケケッと特殊な笑い方をしたのは奥田晋平。
彼は気さくで人懐っこい、一言で言うなれば陽キャ。
浅く広く、なタイプで俺にもよく声を掛けてくれる優しい奴。
「なな、もしかして新入生に弟いる?」
「居るけど。どした?」
「外部生プラス顔面が良い新入生が早速噂になっててさ。苗字が確か平野だったから」
「絶対弟だ」
「弟はイケメンなんだ」
「は、ってなんだ。俺はイケメンじゃないと?」
「虚しくなった人ー」
「「「はーい」」」
いつの間に聞き耳を立てていたのか、奥田の声掛けに周りの生徒がほぼ全員挙手して返事をする。
集団イジメだめ、ぜったい。
まあ知らない人ばかりだと本当にイジメを疑うかもしれないが、生憎みんな1年時クラスからの持ち上がりなのでノリだと分かる。
というか今、朝読書の時間なんだよね。
みんな本読まないの、と周りを見渡したが俺が真面目なだけなのか数人を除いて周りと駄弁る生徒がほとんど。
見慣れてる光景ではあるんだけど、見回りの橘先生が気弱な方で「みんな、本読もーね…」と聞く耳を持たない生徒達に肩を下げて教室から出ていく姿がどうも可哀想で仕方ない。
だから俺は本を読んでますアピールだけいつもしてる。
あ、ほら来た。
「みんな、ちゃんと本読んでよぉ」
教室に入り、疲れているのかヨボヨボと教卓まで歩いた橘先生はほぼ諦めのようなトーンで注意し、早速遅刻や欠席の生徒の名前をノートに書き移している。
俺だったらメンタルズタボロだ、と哀れみの目を向けていれば、スッと顔を上げた先生と目が合ってしまい数回瞬く。
この時間に目が合うのは初めてだ、と少し気まずさを覚えていれば先生が口を開くので目を凝らす。
ほ、ん、?
そこでハッとして手元の本を顔前に、読んでます!とアピールをすれば彼は口元を抑え、柔らかい笑みを浮かべてから教室を後にした。
なんかあの感じ、読んでるアピールしてた事バレてそうだな…。
そのあとの読書時間は奥田に話しかけられながら、悶々と橘先生に対する言い訳を探し続けていた。
隆はというと勿論寝ている。
・・・・・
4限終わりのチャイムが鳴り、昼休み。
隆といつものように食堂へ行こうとしたところ、廊下のざわめきが幾分か大きい事に気がつく。
厄介事を嫌う俺なので一応窓から確認しようと身を乗り出せば、ざわつきの張本人と目がかち合って瞠目する。
「兄さん!」
「色」
俺を探していたのか、目が合った瞬間にふわりと笑顔の花を散らしてこちらに駆け寄ってきた。
おいそこ、見えない花を掻き集めるな。
急に床をまさぐりだしたと思えば、エアー花見を開催する周りに、色の影響力を再確認していれば目と鼻の先に整った顔。
何回みても飽きないその顔に笑いかければ、視界が黒に染って抱き締められたのだと理解する。
窓越しの抱擁だから体勢がキツイのだが、久々の再会に俺も内心嬉しくて堪らないので「離して」とは言わない。言えない。
「公の場でイチャつくな」
「いっ、なんで俺!?」
「弟叩いていいのか?」
「だめ!俺叩いて!」
「Mかよ」
「Sだわ」
離れるタイミングを逃していた時、背後から声がしたと思えば思いっきり尻を叩かれ、肩を跳ねさす。
後ろを向けばややご機嫌斜めらしい隆介サマが財布を手に弟を見やるので、すかさず拒否すれば朝の事をぶり返される。
だから俺はSなんだって。
Mの素質に気付いていたとしても知らないフリして。
ふと、腕を解いた色が俺のつむじを見詰めている事に気付いて、禿げてきているのかと心配になる。
見上げれば何故か濡れた子犬のような表情で俺を見ていて、やっぱり禿げてるのかと絶望した。
「禿げでも好きでいて…」
「どんな兄さんも好きだよ」
「ウッ天使!」
「それより俺も一緒に食べたらだめ?」
「え、良いに決まってるじゃん。隆?」
「兄弟揃って捨て犬みたいな顔すんな」
隆がこの顔に弱いと知っている色と俺がウルウルと見詰めれば、彼は怪訝な顔をしたが「好きにしろ」と言い放ち教室を出る。
やっぱり弱い感じの子がタイプなんだ。
そのあとを俺も追って出れば、横に並んだ色との目線に更に差が出来たように感じて涙ぐんだ。
成長って早い…。
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