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担任
彼は2ーA担任の早坂浩一。
基本気だるげでアンニュイな雰囲気を纏っているが、授業は分かりやすく、顔面偏差値の高さも相まって生徒たちからは絶大な人気を誇っていた。
しかしその一方で、残念な一面も持っている。
「そこの席は欠席か?名前は…あーわり、なんだっけ」
それは生徒の名前が覚えられないということ。
もちろんクラスの繰り上がりは先生も同様で丸々1年一緒に過ごしてきた訳だが、彼は未だに誰1人として名前を覚えられていなかった。
覚える気がないのか、若くして認知症の症状が出始めているのかは定かではないが、教師として大丈夫なのか、と生徒間でよく取り上げられる話題の一つでもある。
「欠席は相川と樋口ですよー」
「ああ、ありがと河田」
「奥田っす」
そんな会話が日常茶飯事。
これを楽しみに朝礼を待っている生徒も複数人いるくらいだ。
「じゃあ委員長」
その一言にクラス委員長が号令をかけ、席から立ち上がって挨拶をする。
全員が椅子に座ったのを確認して、早坂先生は明日行われる新入生歓迎会についてや今日の授業変更について話し始めた。
・・・・・
時は昼休み。
動くのが面倒臭いという隆に合わせて、久々に教室で弁当を広げていた。
色には昨日「弁当作ろうか?」と聞いてみたが、3人分は大変だろうと断られ、ついさっき食堂に行くとの連絡が。
別に1人増えるくらいどうってことないのに…。
今度、クッキーでも焼いてやろう。
良い子に育ち過ぎた色にそんな事を考えながら、ふと浮かんだ疑問を隆に投げかける。
「今年の新歓も鬼ごっこだと思う?」
「当たり前」
そうキッパリと断言した目の前の彼はどうやら俺の愛妻弁当に夢中らしく卵焼きをひと口で食べ、直後ご飯をかき込む。
甘い卵焼きとご飯って合うの、と怪訝に思いながら唐揚げをひとつ頬張ればジュワと肉汁が広がり、中々の出来栄えに俺は満足した。
弁当屋のバイトってこういう時まっじで役に立つ。
するとカチャカチャと箸入れに箸を直し始める隆の姿が視界に入り、俺は思わず瞠目した。
「え、もしかしてもう食べ終わった?」
「ん」
「じゃあ俺の食べてよ。ちょっと量多かったから」
まだ満足していなさそうな彼の弁当箱に、数個残っていた唐揚げを摘んで入れようとすれば置く前に手を掴まれ、彼の口元へと持っていかれる。
「あ、ちょっ!行儀悪い!」
しようとしていることに気付いて止めようと声を上げたが、時すでに遅し。
唐揚げは隆の胃袋にバイバイしていて俺はため息をつく。
「おじさんに行儀悪いことするなって言われてた癖に」
「どこが行儀悪いんだよ」
「全面的に!落ちたらどうすんだよ」
「落ちなかったじゃん」
「結果より過程!!」
「過程より結果派」
成績悪い癖に何言ってんだ、と子供じみた事を言う隆の飲んでいる紙パック牛乳を潰してやりたくなったが、実力差という現実に脳内で妄想することしか出来なかった。虚しい。
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