2人が本棚に入れています
本棚に追加
そんな話を聞きながらも、話のどこかで彼が自分の名前を言わないかと神経を注ぎながら聞いていたが、彼自身の話の段は終わって、父がどれだけ真面目に剣に取り組んでいたかを称える段になってしまった。
父の死を氏が悼んでくれているのは心底伝わったし、ありがたいとも思うが、桜太郎の心はそっと話から離脱しかけていた。岡某は、柳太郎が果たし合いで負けるとは考え難い。なにか卑劣な手を使われたにちがいない、と力強く訴えていた。
あまりの圧に桜太郎は押され、助けを求めてちらと母のほうを見た。しかし彼女も遠くの席のほうで親戚衆の相手をしていてそれどころではなさそうだ。
桜太郎の視線につられて親戚衆の席を見た岡某が、ちらちらとそちらを気にしだした。
しばらく桜太郎もぼうっと同じ方向を見ていたが、彼の視線を追って気が付いた。
桜太郎は立ち上がると、親戚衆のほうへ行き、盆にのっている徳利と猪口を取ってそそくさと戻った。
「すみません、なんのもてなしもせず」
桜太郎がそう言って徳利を持ち、酒を注ぐ動作を見せると岡某は「いやいや、おかまいなく……」と言って、垂直に立てた手を左右に振った。
最初のコメントを投稿しよう!