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桜太郎は、後ろ手で入り口の戸を閉めた。目の前の男をよく見る。
髪には白いものが混じっており、母の言っていた三十そこそこという年齢より老いて見える。母も、桜太郎同様他人の歳に対して無頓着なので、あてにはできないとは思っていたが。
顔は、細長く、目も細い。母の書いた似顔絵を思い返してみる。まあ、似ているといえば似ているだろうか……。
吾郷の手には、刀がすでに握られていた。なにか予感があったのだろうか。
まだ刀は抜かれてはいない。鞘を提げずにそのままつかんでいる。
桜太郎は目の前の男をあらためてよく見る。
自分は、この男のことをどう思っているのだろうか。
桜太郎は、刀から自分の手を離した。吾郷の緊張が少し緩むのを感じる。
「なぜ、父を斬ったのですか?」
口から出ていたのはその言葉だった。理由があれば納得できるだろうか。納得ができれば許せるだろうか。
しばしの無言の後、
「……私は愚かでした」
吾郷が震える声で言った。
「暮らし向きは貧しく、柳太郎殿を斬れれば名を上げられると、そう思っていたのです。彼は世に通る、特別高名な剣士だった」
父は自分の話をする男ではなかったので、桜太郎は彼の昔のことを知らない。人から父の話を聞くたびに、もっと知っておけばよかったと思う。
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