仇の名は

3/6
前へ
/49ページ
次へ
 桜太郎は、後ろ手で入り口の戸を閉めた。目の前の男をよく見る。  髪には白いものが混じっており、母の言っていた三十そこそこという年齢より老いて見える。母も、桜太郎同様他人の歳に対して無頓着なので、あてにはできないとは思っていたが。  顔は、細長く、目も細い。母の書いた似顔絵を思い返してみる。まあ、似ているといえば似ているだろうか……。    吾郷の手には、刀がすでに握られていた。なにか予感があったのだろうか。  まだ刀は抜かれてはいない。鞘を提げずにそのままつかんでいる。  桜太郎は目の前の男をあらためてよく見る。  自分は、この男のことをどう思っているのだろうか。  桜太郎は、刀から自分の手を離した。吾郷の緊張が少し緩むのを感じる。   「なぜ、父を斬ったのですか?」  口から出ていたのはその言葉だった。理由があれば納得できるだろうか。納得ができれば許せるだろうか。  しばしの無言の後、 「……私は愚かでした」  吾郷が震える声で言った。 「暮らし向きは貧しく、柳太郎殿を斬れれば名を上げられると、そう思っていたのです。彼は世に通る、特別高名な剣士だった」  父は自分の話をする男ではなかったので、桜太郎は彼の昔のことを知らない。人から父の話を聞くたびに、もっと知っておけばよかったと思う。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加