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望むような答えは得られそうにない。桜太郎は思案した。目の前にいるのは痩せた浪人だ。この男を斬ることはできるだろうか。
果たして自分は、斬りたいだろうか。
父の顔が思い浮かぶ。最後に話したのはいつだったか。厳しい父だったと思うが、なぜか浮かぶのは穏やかに笑っているときの顔だ。
この男を斬って、父は笑うだろうか。
「貴方は、私のことを斬りたいですか?」 桜太郎は尋ねた。
目の前の男は首を振った。
「私も、貴方が斬りたいわけではない」
吾郷の身体が強張るのが見える。桜太郎は続ける。
「できることならば、名を変えて、生きてもらえませんか。そうしてくれるのならば、私は貴方を斃したことにして、斬らずに帰ります」
「え……?」
そんなことを言われるとは、露も思わなかったようで、吾郷は声を上げたまま脱力している。
「斬ら……ないのですか?」
「斬った方がいいですか?」桜太郎が鯉口を切るふりをすると、吾郷はいやいや、と大きく手を振った。
「本当に、仇を、討たないのですか」
「ええ」桜太郎は頷くと、わずか後ずさった。「お互いの気が変わらないうちに、ここを去ります」
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