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丁度、発つ前に挨拶がしたいと思っていたところだった。桜太郎は迷ったが、敵討ちの顛末は伝えずに郷里に帰ることだけを伝えた。
禄助は浮かない顔をしている。「……どうしました?」桜太郎は聞いた。そこまで別れを惜しむほどの仲ではないはずだ。
「仇には、会えたのかい」
禄助の神妙な表情に、桜太郎がどう答えたものか迷っていると、
「ゆうべ、よくない話を聞いちまってね……」と禄助が続けた。
桜太郎は部屋に上がって禄助の話を聞くことにした。
禄助が昨晩、いつものように飲み屋で飲んでいたところ、ひとりの男が大騒ぎをして酒をあおっていたのだという。
そいつが言うには、博打で作った借金で首が回らなくなっていたところに、とある侍があらわれて、仇討ちの身代わりになってくれれば借金の肩代わりをすると言ったというのだ。
十中八九命を落とすことになるだろうが、返り討ちにできればあるいは生き残れるかもしれない。男はそれほど追い詰められていた。男は決死の覚悟で身代わりを引き受けた。
しかし、そこにあらわれた仇討ちはとんだ青二才で、自分がちょいと芝居をしてやったら簡単に騙されたあげく、怖気付いてどうこうぬかして帰ったのだと。おかげで借金も棒引きになり、仇討ち様々だと大笑いしていたそうだ。
「仇討ちにきた若い男と聞いて、もしやと思って……」
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