出立

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「そう……ですか」  おそらくそれは間違いなく、昨日の『吾郷道成』であろう。念の為、禄助に人相を確認してみたがその特徴は一致すると思えた。  桜太郎は、昨日その男に会ったこと、男の言うとおり、仇は討たずに帰るつもりだったことを伝えた。 「え……!? それでいいのか?」禄助は声を上げた「それでは、そいつの言ったとおりじゃないか……青二才だ、臆病だのと……」  言われて、桜太郎は、少し困ったような顔をした。 「いやすまない……おれがどうこういうことではないのはわかってるんだ……」禄助は思わず謝る。 「だが、その話が本当なら、本物の仇はお前さんを騙してのうのうと……」 「仇は討たないと決めたんです。昨日会ったのは偽物だったということで間違いなさそうですが……彼と会って、かえって自分の気持ちがわかりました」 「でも」と言って少し言葉に詰まったあと、禄助が続けた「皆がお前さんのこと、馬鹿にしてるんだ。おれは、それがなんだか無性に腹が立っちまって……」  桜太郎は目を見開いて、すぐに笑った。 「いいんです、禄助さんがわかってくれてます」そして小さな声で「きっと父も」と言った。  
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