桜太郎、参る

通夜の日に

「なにか……」と桜太郎が問いかけようとすると岡某がぼそっと「……仇(あだ)は、討たんのか？」と尋ねた。
「仇……？」
　ああそういうのがあるのか、と桜太郎は素直に思った。考えもしていなかったからだ。

「武士たる者、親の雪辱を果たさねばならぬ。そうは考えぬか？」
　岡某がそう言った。手元はだいぶおぼつかなくなっているが、目つきは鋭くこちらを見ている。二人の会話を聞きつけたのか、親戚衆や、他の客たちもこちらを意識している。

　そうか、家長が殺された以上、桜太郎には仇を討つことが許されている。桜太郎がその気なら、仇を討ちに行けるのだ。そして皆はそれを期待しているのだ。それが言外にわかった。

　さてどうすべきか。桜太郎は自分の態度を決めかねていた。
　まず、どういう事情があって父が殺されることになったのかがわからなかったし、その殺した男がどんな奴かもわからないので現実の仇として像を結ばなかった。