2話 聖女の力

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2話 聖女の力

 記憶が次々と浮かんでは消えていく。  何の記憶なのか、詳しくはわからない。  ローズマリーは、優しく笑う父と思われる人に手を伸ばした。 「おとう……ちゃん……」 「ローズ? 起きたのか?」  ハッとして目を開けると、目の前にはディリウスがいた。  消毒の匂いが漂ってくる。町の病院のようだ。ここまで運んでくれたのだろう。 (今のは夢……じゃない。私の知らない知識が、頭の中に……) 「ローズ……何があったんだ?」  ディリウスに問われても、脳内を整理しきれず答えられない。 (今、お父様でない人を、父だと……)  ローズマリーは自身の手を見つめた。流れ込んできた記憶の中で、強烈に印象に残った情報がある。 「ディル。古代には魔法があったって、知ってる?」  魔法なんてものは夢物語で、現実には存在し得ない。そんなこと、子どもだってわかっていることだった。ローズマリーも、今の今までそう信じて疑わなかったのだから。 「どうしたんだ、いきなり。魔法なんてあるわけないだろ。夢でも見たのか?」 「……夢」  意識がなかった時に見たものではあるが、夢とは思えない。  なぜだろうか。非現実的な話だと言うのに、できる(・・・)という確信がある。  ローズは立ち上がり、病室の扉を開けた。待合室には何人もの怪我人や病人がいて、その中でも顔色の悪い人のところへとローズマリーは向かう。  後ろからディリウスが「何するつもりだ?」と怪訝な声を上げていた。 「足をどうかされたんですか?」  脂汗を垂らしている男性に声を掛ける。  周りは、どうしてこんな町医者のところに王子と令嬢がいるのか、とざわついていた。 「屋根の修理をしていたら、足を滑らせて、落っこちちまって……」 「重症じゃない! 少しだけ、私に試させてもらっても?」 「試す……? 何を……」  おかしな方へと折れ曲がっている足首に手をかざした。  手に入れた治癒の魔法の知識。  力を込めるようにして魔法力を放出すると、みるみる怪我が治っていく。 「どうかしら?」 「……痛くない。治ってる!! すごい!!」  周りで見ていた人たちが、わっと声を上げた。  ローズマリーが後ろにいるディリウスを見上げると、絶句したまま目を広げている。 「奇跡だ……奇跡を起こす聖女だ!」 「聖女様、うちの子もお願いいたします!」 「俺も頼む!!」 「わかったわ。順番よ」  ローズマリーは次々に怪我も病気も治していく。  病気に関しては症状を和らげる程度のものであったが、それでも喜ばれて待合室に笑みが溢れた。 「すごいぞ! 本当に治ってる!」 「ぼくも楽になったー!」 「ふふ、よかった。じゃあ次の人……」 「待て、ローズ!」  しかし、ディリウスが横から阻止するように、次の患者の前に立ち塞がった。 「何よ、ディル」 「やりすぎだ」 「やりすぎって……喜んでくれるんだから、いいじゃない」 「医者の仕事を取るな。それに父上に報告しないわけにいかない。行くぞ」 「ちょっと、ディル!」  ディリウスに手を取られたローズマリーは、強制的に外に連れ出される。  病院の中からはまだ聖女様、聖女様という言葉で盛り上がっていて、すでに外でも聖女が現れたと大騒ぎになっていた。 「まったく、考えなしに行動するんじゃない」  大きく嘆息するディリウスに、反論しようかと思ったが口を閉ざした。  魔法があることの証明をするために行なったことだが、確かに軽率な行為だった。魔法など夢物語としか思われていないのに、実際に使えば騒ぎになることはわかったはずだ。 「……ごめん」 「いや、俺も信じられるまで何度も確認してしまったからな。検証ができたってくらいに思うことにする」  普通では信じられない現象を見て、ディリウスも判断が遅れたのだろう。 (それにしても)  ローズマリーは温かい手の先を見る。 「ちょっと、いつまで手を握ってるつもり?」  そう言った瞬間、慌てたように手が離れていった。  ほんの少し焦ったディリウスの顔が、すぐにそっぽを向くように視線を逸らす。 「別に握りたくて握ってたわけじゃないからな。またふらふら魔法を使われると面倒だと思っただけだ」 「使わないわよ、もう」  頬を膨らませると、ディリウスはそれでいいと言うようにこくりと頷いていた。  ディリウスはあまり表情の豊かな方ではなく、そこがクールでかっこいいのだと騒ぐ令嬢もいる。その気持ちは、ローズマリーもわからなくはなかった。  王城に着くと、緊急で会談が始まった。  国王だけではなく、第一王子のイシリオンも同席している。目の色は違うが、二人とも鮮やかな金髪で、キラキラと輝いていた。そんな二人にディリウスが経緯を話してくれている。  ローズマリーは、自身の色素の薄い金髪を横目で見ながら、説明が終わるのを待った。 「他に魔法は使えるのか? ローズマリー」  国王の言葉に、ローズマリーは首を振る。 「いいえ。魔法は他にもいろんなものがあるはずなのですが、私が思い出したのは今のところこれだけです」 「ふむ……とにかく、魔法という得体の知れぬものを研究せねばいかんな。何かあればまたすぐに知らせるように」 「承知いたしました」 「しかし、すでに民衆に知れ渡ってしまっておるとはな」  国王の嘆息が聞こえてきて、ローズマリーは冷や汗を落とす。 「申し訳ございません……」 「お父様、広まってしまったことを言っても仕方ありません。ここはローズを聖女と認め、相応しい地位を授ける方が得策かと存じますが」  そう言ったのは、第一王子のイシリオンだ。  国王もイシリオンの提案に「うむ」と頷いている。  こうしてローズマリーは、公式に『聖女』としての肩書きを背負うこととなった。 (そんなつもりで治療したんじゃなかったのに!)  と思うも、すべては遅いのだった。
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