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あと一回だけ、新しい朝を迎えてみよう。
あと一回だけ、眠れぬ夜を過ごしてみよう。
あと一回だけ、いつもみたいに縋ってみて。
あと一回を何回も繰り返そう、ぼくと一緒に。
くだらないポエム。そう評されてもおかしくないこの言葉たちに、あたしは何度救われて、何度苦しめられただろうか。
もう煙草を吸っても怒られない人間になった。コンビニで年齢確認は未だされるけれど、購入を拒否されることは無くなった。
酒はいつまで経っても飲めないけれど、アルコールの入ったチョコレートを美味しいと思えるようになった。
この薬のような言葉をあいつがくれた日から、あたしは随分と変わった。
あと一回を何度も繰り返してみた。あと一回を繰り返すことを、日常の一部にしてみた。そうしたら、今でも生きているあたしがいる。
すごいな、やっぱり。
あいつはすごい。昔からずっと変な奴で、立てられた中指にも副流煙にも笑顔を崩さないのに、あたしがあたしの呼吸を止めようとしたときだけ、笑顔を消した。そのときの眼差しがずっと脳裏に焼きついている。純日本人らしい真っ黒な瞳が光を宿さなくなる瞬間、そこに見えるのは途方のない闇だけだと、あいつがあたしに示した。あたしの目はあいつと違って、濁った茶色が入っている。きれいじゃない色、死んだような目。あたしはあたしの目が嫌いだ。目だけじゃなくて、全部が嫌いだ。
だから、何度も死のうとした。それなのに、そのたびにあいつが止めてきた。夜に溶け込んで見えなくなってしまいそうな瞳とともに。
あるときは駅のホームで、あるときは学校の屋上で、あるときは学校のプールの中で、あるときは崖の上で、あるときは公園で。
思い返した瞬間、自分に対して笑いが漏れた。
あたし、あいつが来れないところで死のうとしてない。
いつからか、死にたいと思っても、その次の瞬間には頭にあいつの顔を思い浮かべていた。
いつだって止めてくれると思っていた。実際、いつだってあいつはあたしを助けにきた。死なないで、とか細い声で言った。ぼくがいるじゃない、と唇を噛んだ。帰ろう、と手を伸ばした。その手には、あいつの苦しい過去の全てが詰まっているように感じた。その手を掴むと、あいつはいつもとは違うやさしい顔であたしに微笑みかけた。手はいつも温かかった。そのせいで、いつもあたしは泣きそうになっていた。
高校を卒業して、お互いすぐに家を出て、一緒に暮らし始めた。あいつはとても有名な大学に行って、あたしはアルバイトで一人分以上の生活費を稼ごうと頑張っていた。あいつがすぐそばにいるから、死ななくてもいいと心の中ではっきりと思うようになっていた。けれど、時折あの目を、吸い込まれてしまいそうなあの目を見たいがために、死にたいと呟いた。そうすると、あいつはあたしを壊れものみたいにやさしく抱きしめて、一緒に寝ようとささやいた。
ある日、目を覚ますと、部屋の壁にはこの言葉があった。賃貸のアパートの壁に、油性ペンで丁寧に大きく書かれたこの言葉たち。
なにこれ、とあたしが言うと、あいつは誇らしげに笑った。なんだか悔しくて、全部受け止めてもらえたみたいで嬉しくて、あたしも笑った。
どうして突然、こんな言葉を書いたのか。聞こうとすら思わなかった。今となって、ようやく理由がなんとなく分かる。
もう止められないと分かっていたからだ。あたしが一方的にあいつに依存する生活が、もう続けられないとあいつは一人で勝手に悟っていたからだ。なのに、わざわざ最後の一文を書き足した。本当、ずるい奴だと思う。
ねえ、あと一回だけさ、あたしのこと抱きしめてくれないかな。
届かない願いをずっと抱き続けるのは好きじゃない。だから、今までだって望むままに生きてきた。たまに、その願いを上書きしてくる奴がいた。
あんたがいない世界ほど、死にたくなるものはないね。
そう言ったら、笑ってくれるだろうか。あの笑顔をあたしにもう一回だけ向けてくれるだろうか。
願っても、願っても、絶対に叶わない。
こんなの嫌だと思いながら、なぜだろう、死にたいとはどうしても思えなかった。
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