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妊娠 II
遥の両親は、共に20代の時にお見合い結婚をしたと聞かされていた。
3才年上の姉である実里は、昔から成績優秀で真面目。弁護士の資格を取得後は大手の弁護士事務所で働いていた。
遥も優等生であり、実里ほどではないが成績が良く、母親は実里も遥も自慢の娘だとよく言っていた。
母親は大学を卒業後、就職して一年も経たないうちに父親と結婚して仕事を辞めたらしい。
以後専業主婦ということもあり、いわゆる世間知らずだった。
遥は両親を好きではあったが、心のどこかで母親みたいな世間知らずにはなりたくないと思っていた。
その日、父親と実里はいつも通り仕事に行った。
家には母親と二人だけになったが、切り出すのには勇気がいった。
「お母さん。話があるんだけど。」
「なぁに?もしかして妊娠でもした?」
遥は驚いた。
なぜ分かってしまったのか?
母親は続けてこう言った。
「遥は何も言わなかっけど、彼氏ができたのは薄々気付いてたよ。帰りが遅くなったり、休みの日もよく出かけてて、遥は友達と出かけると言ってたけど親の勘で彼氏ができたんだろうなと思ってた。最近体調も悪そうだったでしょ。」
「。。。」
「で?相手は?ちゃんと働いてる人なの?」
母親にとっては、相手が働いているかどうかが一番重要なのだと分かった。
「前の職場の人で、年は2つ上。派遣社員として働いてる。優しくてすごく良い人なんだ。」
母親の顔色が変わった。
「え!派遣社員?まさか茶髪でチャラチャラしてるんじゃないでしょうね?」
母親に取っては、派遣社員=茶髪でチャラチャラしているらしい。
「見た目はそんな部分もあるけど、内面はすごく優しくてわたしのこと大事にしてくれる。」
「嘘でしょう。遥がそんな人選ぶなんて。何の為に教育して大学まで出したと思ってるの。そんな人やめなさい。」
この時、初めて遥は母親を嫌いだと思った。
「で、まさか産むつもりじゃないよね?まだ転職したばかりじゃない。子供を産み育てるのは並大抵のことじゃないよ。苦労するのは彼じゃなくてあなたなのよ!実際妊娠して大変な思いをしてるのは遥でしょ!」
「じゃあさ、お母さんは相手がちゃんと正社員で働いて安定してる人ならよかったの?わたしも悪いところがあったかもしれない。でも、会ったこともない人のことを悪く言うのはやめてよ!」
「もう嫌になっちゃう。こんなことになるなんて。遥のこと本当に大事にしてるなら、妊娠なんてことになるはずないでしょ!冷静になってよく考えてみなさい!病院には行ったの?まだ行っていないなら今日はこれから病院に行って来なさい!」
もう、この人と話し合っても無駄だ
絶望的な気持ちになった遥であったが、病院に行くのは確かに最優先だと思っていたので、午後にかかりつけの病院にある婦人科を受診することにした。
遥は病院に向かう途中、母親に言われたことを何度も考えていた。
本当に大切なら妊娠なんてするはずがない。
その通りなのかもしれないと思った。
母親に対する怒りより、そのことばかり考えていた。
気付いたら病院に着いていた。
ここは産婦人科もあるので、お腹の大きな女性がたくさん待合室の椅子に座っていた。
夫婦で来ている人もいたし、小さい子供を連れている女性もいた。
その様子を見ていたら涙が込み上げて来た。
わたしのお腹にはもう命が宿っているんだ。
この時初めて、自分のことよりお腹の中の小さな命について考えた。
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