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『ねぇ、覚えてる?』
柔らかい身体をあなたに擦りつけると、あなたは優しい手付きで私の身体を撫でた。
目を閉じると、今まで過ごした時間が走馬灯のように浮かんでくる。一緒に眺めた草原、美しい夕陽、沢山の仲間たちと共に過ごした日々。そして私を見る、あなたの優しい眼差し。
あなたの事が大好きで大好きで仕方ないのに、私達が結ばれることは決してない。そんな私があなたにしてあげられる事はただ一つ。
あなたもそれを知っている。
そうすれば、私はあなたと永遠に一緒にいられるの。
ああ、そんな悲しい目をしないで。
私、今とても幸せ。
視界が暗くなる。
痛みと苦しみが襲う。しかし、長くは続かない。
私は自分の血の匂いに酔うようにぼんやり意識を手放した。
「……良かったのか?」
「ああ」
逆さに吊るされた身体から滔々と流れ出す血を受ける桶が赤い海になる。目の前の、
「こいつが、望んだんだ」
きっと俺達はお互いを想い合っていた。
お前は群の中に紛れていたが、俺には一際美しく見えた。目が合った時から、何故か惹かれるものがあったんだ。仲間と移動する時も、食事の時間さえ、気が付くとお前は寄り添うように俺の隣にいた。
何をする訳でもない、でも側にいる。
そんな当たり前の存在にいつの間にか癒されていたんだ。
しかし遅かれ早かれ、俺はお前を送り出さなきゃいけない。俺とお前は決して結ばれない運命なんだ。
顔も知らない何処の誰かのものになるくらいなら、俺が。
「血抜きには四、五時間はかかるぞ?ずっとそこにいるつもりか?」
友人の声を遠くに聞きながら、俺は手元のメモを見た。
・血のソーセージ
・ローストポーク
・スペアリブ
・レバーパテ
・ハツのコンフィ
・リエット
etc……
余すことなく、俺がお前を食べるんだ。
「養豚業のくせに、こいつだけは出せないとか正気の沙汰じゃない。食べるために育ててるのに」
「……分かってるよ」
狂気の沙汰だ。
俺だって驚いてる。こんなにも情が移るなんて。
きっとこの感情は誰にも理解して貰えないだろう。
いや、理解してもらうつもりもない。
愛らしい顔にそっと触れる。
そのつぶらな瞳が開かれる事は二度とない。
「美味しく食べてやるからな」
俺の血となり肉となり、共に生きるんだ。
お前が俺の一部となり、お前が俺を生かすんだ。
青く澄んだ空を見上げ、俺は一筋の涙をこぼした。
おわり
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