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李一族が連行される様を、物陰から恐る恐る窺う少年がいた。
「李亮の子息は三人の筈だぞ! まだ一人、何処かに隠れている! 探し出せ!」
一人の役人が怒鳴るように指令を出して、少年はぎくりとして息を殺す。
そう。彼こそが、李亮の子息の残った一人、現在役人に追われている、次男の李勢なのだ。
真っ直ぐとした丸い瞳で、生来の気は強そうだ。小さいながらに引き締まった四肢。彼は、李家の者らしく武官になるべく鍛錬を積んでいた。
勢は、連行されてゆく人々の中に、兄弟の姿を認める。兄の李礼と、弟の李明。
(俺だけ、か)
礼は一族の内では珍しく、文官として出仕する身。皇帝に忠誠を誓っている以上、逆らうわけにもいかないのだと、笑ってのたまうような人物だ。逃げ出すには、あまりにも悟り過ぎていた。
明はまだ幼い。逃げ出すにはあまりにも非力で、無力だった。
結果として。ある程度大人に近づいて、ただ心までは大人になりきれていない勢だけが、国の手を逃れたのだ。
(助け出す、のは無理だな)
まとめて捕らえられるのが関の山だ。武術の鍛錬をこなしている勢だが、人を守りながら宮廷勤めの武官達を相手取れる程の強さは持ち合わせていない。
何より。
(兄上は、俺に望みを託してくださった)
懐を押さえる。感じる厚みと重み。
これは昨夜、事態の先を見越した礼が手渡してくれたものだ。
(俺だけでも)
これのお陰で、もう少し生き延びることが出来そうだった。
……捕まらなければ、だが。
ため息をひとつ。
もたもたしている暇はない。隠れ、逃げて、できるだけ遠くへ。
物陰で様子を窺って日暮れを待ち、勢は宵闇に紛れて首都・祥安から姿を消した。
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