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 北方の山中。勢は樹の上で太い枝に腰掛け、干し肉を食んでいた。  見渡す下界は一面、緑の海。少し遠くにぽつりと、白っぽい碁盤が孤島のように浮いている。  少し前まで、自らもあそこに居たのだ。 (……結局)  あの小さな四角の中でふんぞり返れるようになったところで、それが何になるのだろう。  人は皆、嫉妬し、警戒し、奪い、貪り。あんなにもちっぽけな世界で、もがくように掻き集めて生きているのに。それも、ちょっとしたきっかけで全てが無に帰す。  都の人間は、一人一人が碁石のようだ。その程度の力、その程度の価値。  敵に囲まれた白い碁石は、黒い碁石に染まってしまう他ない。  透き通る空気の中。ぼんやりと。  都の、砂埃に塗れて淀んだ空気の立ち昇る様を、他人事のように眺める。  怒涛の夜が明け、全てが夢まぼろしのようにも感じられた。  とはいえ、実際の現状。 (兄上や、明、母上、叔父上。皆は――)  ちっぽけな濁世の、更にちっぽけな場所で。同じようにちっぽけな人間達から支配され、蔑まれる立場に甘んじるしかない身の上となっている。 (ああ……)  何故。何故だ。 (俺だけ助かって、良かったのだろうか……)  兄上は何故、それを命じた。  何故、どうして。  礼が勢に授けたものは、書簡だった。いざという時の備蓄の在り処、脱出経路など、こと細かに記されていた。  今、勢の身なりは、さながら農夫のようだ。この衣も、書簡通りの場所に隠してあるのを見つけ出した。  礼の助けによって、勢は逃げおおせたのだ。  恩人である礼が囚われの身となるのは、どう考えてもおかしい気がした。 (……そもそも)  父は、李亮は、一体何の罪を犯したというのだ。  我の為に戦い、我の為に死ね。皇帝は、そう命じるが。  兇は天下の民草を脅かすが故に敵となり得るのだろう。それを討つ為に臣下が命を捨てるのを強制されるとは、何の大義があってのことか。  恐れが過ぎ去り、冷静に物事を思案する余裕ができると、腹の底が湧くようにむくむくと怒りがこみ上げる。 (大事な皆を害した皇帝が、俺に死ねと命ずるなら)  勢は瞳を鋭くして誓う。 (俺は、生き延びてやる。絶対に)
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