プレシャスプレイス

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「ふう」思わずため息が出た。今、田中先生の本を読み終わった。  あまり小説を読まない私には良い小説なのかは分からなかった。  田中先生の小説は短編集で、それぞれのお話が緩く繋がっていた。大きな話でも、派手な話では無かった。そこに出てくるのは、どこにでもいる普通の人たちだった。起こる出来事も小さなものだった。でも、風景や心の動きが、美しい言葉で繊細に編み上げられているのが私にもよく分かった。私は再び、ため息を吐いた。美しい話だと思えた。だから。  窓に目を向けると青かった空が鮮やかなオレンジ色になっていた。そろそろ帰らなくては。私は田中先生の本の表紙を見つめる。海辺の街が水彩画で描かれた流麗な表紙だ。   「あの。お会計お願いします」と私はレジ前に行き、カウンターに声を掛けた。 「はい」という返事とともに落ち着いた足音が聞こえてきた。 「あの。本の事なんですが」とお会計を終えた私は加賀さんに告げた。
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