プレシャスプレイス

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 電車を降りた私を待っていたのは海の香りを微かに含んだ空気だった。私は目を閉じ、思い切り息を吸い込む。さて。ここからは徒歩。ショッピングモールで鍛えた足腰の見せ所。  海猫亭。そこが今回の目的地。駅から海沿いの坂道を登った所にあるカフェだ。右手には日光を反射させてきらめく海。左手にはまだ柔らかさを感じさせる新緑が広がっていた。そして。 正面は先の見えない曲がりくねった坂道だ。  時折、緑と海の香りを含んだ風が熱くなった私の身体を冷まし、木漏れ日が笑うように揺れた。  普段から『遠い』からだろうか。選択肢が、無く、歩くだけだからだろうか。様々な考えや感情が湧いてきた。それは私を振り回すのでは無く、傍らを寄り添うように。気が付かないだけで、私自身の考えや想いは確かにあったのだ。与えられた選択肢からじゃなく、自分の中から自然と様々な想いが幾つも幾つも湧いて来た。  私は空っぽでは無かった。  そして。目の先には白い洋風のこじんまりとした建物が見えてきた。海猫亭だ。私はドアを開いた。
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