桃の節句

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聡志が、冷ややかな視線を妹に投げかけながら説明する。 「……で、店をたまに手伝ってくれる日向子の働きぶりがいいから、 従業員にスカウトしたってわけだ。お客からも評判が良くて料理も上手い」 そして、離婚して仕事も辞めて部屋に引きこもるようになった息子を心配した母は、自分の店に食事を食べに来るように声をかけて、聡志は日向子と出会った。息子の離婚の理由を知っていた恵子は、心に傷があるもの同士、理解を深めて仲良くなっていく2人の姿を喜んだ。 「事情こそあるものの、ひなさんはいい子よ。それにまさ君だって聡志に懐いてる。まるで本物の親子みたいに」 しかし 芽衣は黙っていない。皮肉たっぷりだ。 「お母さん(だま)されないで。血が繋がってない親子なんて笑わせる。本物の孫は桜だけ」 しかし、聡志は芽衣の言葉をはねつける。 「正人は養子にした。新谷家を継がせる」 芽衣は我慢ならない様子で 大きな音を立てて机を叩いた後、猛烈に怒る。 「ふざけたこと言わないで!偽物の親子が!」 「俺が出て行って、跡継ぎを探していた母さんは義理の息子に期待した。けど俺は戻ってきた。 血の繋がりなら雄太君でなく俺が本物だ。違うか?」 「やめなさい!」 恵子の声で場は静まり返る。怒りに震える芽衣を冷静に相手する聡志を見ていると、元々の兄妹の亀裂が垣間見える。恵子が申し訳なさそうに恐縮する。 「ひなさん ごめんなさいね。お祝いの席なのに」 いいえお義母さん。謝ることはありません 私はこの瞬間を待ち望んでいました。 私は正人を生んだ日から眠らずに、SNSで雄太の家族関係を調べあげました。毎日見ていた赤い離婚届に雄太の本籍が書いてありました。実の父母の名も分かりましたから、婚家の新谷家にたどり着くまでに時間はかかりませんでした。 雑草をちぎって食べて、母乳も出ないからフードバンクに頼みこんでミルクをもらいました。(ののし)られても気にしませんでした。恵子さんのお店近くの事故物件を探し、格安で引っ越しました。 全然怖くありませんでしたよ。 死人より怖いのは生きている人達です。
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