桃の節句

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聡志と正人と一緒に水族館にイルカショーを見て楽しんだ後、家に戻っても正人は興奮した様子だった。しかし、お風呂から出ると疲れたのかいつもより早く寝た。 日向子は本棚から真っ赤な婚姻届を取り出して眺める。スマホが鳴る。 画面に『ゆうた』と表示される。 変更しなかった電話番号が数年の時を経て 鳴り響く。電話に出ると雄太の小さな声が聞こえた。 「ひな……」 「どなたですか」 「話がしたい」 「どんな?」 「ごめん」 「用が済んだら失礼します」 「いや違う、その……正人……君は オレの息子だよな」 「どう思いますか」 「いやだって。俺の小さい頃に そっくりだ。実家でアルバムの写真見てる」 「雄太さんの思い込みかもしれません」 「本当のこと言ってくれよ! 誕生日が9月 だろ?桜と同い年だ。 芽衣から流産したって聞かされてて」 「で、確かめることもなく結婚したんですか?」 「それは……気まずくて。怖かったんだよ。父親になるのが。ひと段落したら、ひなのところに戻るつもりだった」 「よく言う。息を吐くように嘘をつくのは相変わらずですね、7年前のひな祭り。 私が子供ができたと伝えた日から、わずか2ヶ月足らずで芽衣を妊娠させたくせに。 ああ、私と同時にお付き合いしてましたっけ。それにしても子ども作るのが上手ですね。桜ちゃんは3月生まれ。同い年ですよ」 「謝る。慰謝料なら払う。だからその、お義母さんには、黙っててくれないか?」 「あなたの妻は言う、って言ってましたよ」 「え?なんてこった。あいつ何も考えてないんだよ。んなことしたら……」 「失礼します」 電話を切った後、婚姻届の雄太の赤名を指でなぞる。思わず 笑みがこぼれる 1つも変わってないね。嬉しい 。 雄太。そのままのクズでいて。 息子を初めて見た感想が、自分とそっくりだったなら良かったね。 でもね。違うところもある。 正人は頭がいいの。一度言ったことをすぐ覚える。そして人の気持ちが分かるの。 パンを半分こに分け合えるの。 心を踏みにじったあなたとは違う エリート家庭出身のあなたは、実家に隠し子がいるとバレても困るんじゃないかな。あなたにそっくりの子を見たら何て言うのかな。また教えてね。 日向子は正人の寝顔を見に行く。 水族館で聡志に買ってもらったイルカのぬいぐるみを大事に持って寝入る、最愛の息子の頭を優しく撫でた。
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