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正人も控え室に入ってきた。
顔合わせの時のスーツを着た、立派な姿に胸を打たれる。
思えば小さな身に苦労もさせた。
正人は欲しいものをねだることもなかった
1日1食の日もあった。汚れた服。破れたズボン、穴の空いた靴下。おもちゃなど買ってやれず、図書館で借りた本も読み聞かせる時間はない。
「ほいくえんで先生に教えてもらったから一人で読めるよ!」
と、何度もめくる。「もったいないから」が口癖だ。もらい物のバラバラに折れたクレヨンで、恵子のお店に置いてある不要になったチラシをもらってきては裏に何枚も絵を描いた。スケッチブックを買ってやることもできなかった。
日向子は鏡を見る。人生で最高に美しく着飾った自分の姿を見ても、心躍ることはない。
今夜、新郎新婦は正人を義理母に預け、二人きりでホテルに泊まる。
プラトニックな関係は終わりを告げ、 夫婦として初めて体を重ねる。聡志には、婚前交渉はしない。代わりに結婚後は毎日 好きにしていい。と伝えてある。
募る恋心が見えていたから男の欲望を逆手にとった。婚姻届を出すまで、しくじるわけにはいかなかった。
聡志には、復讐に参加させた代償を払う。
私は昼間は馬車馬のように働く。
夜は体を売る。奴隷のような生活でもいい。
正人に全てを相続させて、芽衣に1円も渡さずにいられるのなら何でもする。
聡志は好きだ。
私の計画を聞いても引かずに結婚を選んだ彼を幸せにしてあげたいとも思う。
けれど 芽衣の兄である以上 許すわけにはいかない。
聡志からも搾取したい。
2つの相反する思いが日向子の中で交錯する。
本来なら愛を育んだ人と結婚式を挙げてセックスをする。そして子どもを産んで、暖かい家庭を築く。
しかし、王道を歩めるのは選ばれた人だけだ。
私は違う。 全ての順番が違う。
純潔の白を表すウェディングドレスは着心地が悪いの
部屋を出る。
隣接された教会に移動すると、タキシードを着て落ち着かない様子の聡志が待っていた。全ての計画を知りながら結婚する男の本心はどこにあるのか。
純愛か下心か。誰にも心を許せない。
「日向子、きれいだよ」
「ありがとう」
スタッフに付き添われた桜が日向子のウェディングドレスのべールを持つ。
正人には リングボーイを頼んだ。
結婚指輪を乗せたリングピローを持って 花婿の後ろを歩き 、指輪を運ぶ男の子の役。
全てを知ったら子ども達は傷つくだろうか。
ごめんね 。でも式は始まった。もう戻れないの。
教会の扉が開く。祝福とはほど遠いバージンロードを、日向子は今まさに歩もうとしていた。
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