195人が本棚に入れています
本棚に追加
芽衣が明るく、したたかに話しかける。
「旅行の話、聞いた?」
「はい」
「よろしくね~。バーベキュープラン付きのホテルにしといたから」
「……」
「返事もしない?いい身分ね。女王みたいに人をこき使ってるから? 」
ああ。この女は変わらない、
忘れかけた憎しみが鮮やかによみがえる。
「赤のワンピース お似合いですね」
「話逸らすな 。
あんたのせいでこの3年間、どれだけ苦労したと思ってる?さくらの世話と、売上伸びない店の手伝いで毎日クタクタ よ。
私だってね 『万来』任されてたら、今よりもっと 客が入ってた。あんたに横入りされたせいで人生が狂った。責任とって」
ただ ならぬ様子に駆けつけた数名のスタッフが芽依を睨むも、
「邪魔。出てけ」
と顎で指示する。日向子がたまらず注意する。
「暴言はやめて下さい」
「いい子ぶって、聖母マリアですか?」
「用が済んだらお帰り下さい」
「もう我慢できないの 。
あんたが私の店で我が物顔で振る舞ってるのが。
早く出て行け」
「お店は私ではなく 聡志さんのものです。お兄様に聞いてみては?それに あなたの本当のお店は売り上げが良くないとか。
お義母さんが残念そうに話してました」
芽衣は痛いところを突かれたせいか
「……今度こそ、追い出すから」
と言って、出て行った。ガタン、と扉が壊れるかと思うほど大きな音を立てて去っていく芽衣にスタッフ一同騒然となる。
みんなをなだめて日向子は家に帰ると、しばらく触れていなかった本を取り出す。
婚姻届を久しぶりに眺めると、朱殷の血によく似た色の文字が、メイの真っ赤なバラ色のワンピースより鮮明に見えるのはなぜだろう。
時間が経っても忘れることなどできないどす黒い 憎悪が心に渦巻く。
「お母さん」
正人に話しかけられ、日向子は我に返る。
「8月のお盆に、みんなで旅行に行くからね」
「みんなって?」
「おじいちゃんやおばあちゃん。あと桜ちゃんと、おじさんおばさん」
「やった!」
喜ぶ正人を見ると、どうしようもなく不安になる。
成長すれば物事が分かってくる。おばさんによく思われてないのは、薄々気づいているだろう。
「おじさんも来るんだ。サッカーやってたんだってさ。教えてもらお」
日向子は何も言えなかった。実はサッカーボールを 持ってきたのは雄太だった。他にも正人の誕生日 の祝いやお年玉も必ず持ってくる。
あなたの歪んだ愛情は いらない
それとも 保身のためのご機嫌取り?
どのみち雄太に逃げ場はない
芽衣は店を欲しがり、あせってる
家族を巻き込んだのは正解だった
あなた達の財産と、家族の運命は私が握ってる
婚姻届を本にはさみ棚の一番上に戻すと、日向子は黙々と旅行の支度を始めた。
最初のコメントを投稿しよう!