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「ひな……オレとやっても、あんな声出さなかったじゃないか……」
裸の上下に揺れ動く聡志の背中を包丁で刺したい衝動に駆られる。男として全てを手に入れようとしている聡志が憎かった。
雄太は1人になりたくて、ホテルの部屋から出てきた。仲の良い父子が羨ましかった。子どもの頃から家族の中で息苦しかったが、婚家でも劣等感は変わることなく雄太に重くのしかかる。
今思えば安らげたのは、日向子がそばにいた時だけだ。
でも仕方ないだろ。
日向子の実家はオレにふさわしくなかった。オレを下にみる家族を見返すには、金と名誉が欲しかった。
ひなを愛してないわけじゃなかった。
妬みで気が狂いそうだった。
しかし、どこにも行くところがない。
雄太がホテルの部屋に戻ると、桜はすでに寝ていた。可愛い寝顔だが、いつも会話が噛み合わない。
芽衣は全てに高圧的で、不満ばかり口にする女だった。ここには安らぎがない。夢で見るのは素朴ながら 暖かい食事を用意する 日向子の笑顔だ。
しかし雄太は芽衣の猫なで声に現実を思い知る。
「ねえ ゆう君 。トレーラーハウスに行かない?」
「あ?」
「お母さんがね。ホテルも知り合いの経営だからトレーラー朝まで貸切にしてもらったんだって。
久しぶりに2人っきりで過ごそうよ。
早くお風呂入ってきて」
「行かない。そんな気分になれない」
「なんで?せっかくのチャンスだよ。
最近仕事忙しくて、夜も泊まって仕込みばっかだし。ゴムつけなくてもいいから……」
「やめてくれよ!」
雄太はからみつく芽衣の腕を振りほどくと、そのまま浴衣に着替えて横になった。芽衣の罵倒が止まらないが、頭から布団をかぶり妻を拒否した。
これ以上声も聞きたくない。しかし 体の奥は熱く、先ほどの日向子を思い出し、自らを慰める。
甘い声でよがる声が頭から離れない。
オレはどこで間違えたのだろう
もしもひなと結婚していたら、幸せな未来が待っていたのだろうか。俺によく似た息子と笑いながら
バーベキューができたのだろうか
雄太の胸に、後悔が波のように押し寄せていた。
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