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「私と雄太の赤ちゃんだよ。もうすぐ生まれるのにひどいよ。戻ってきて。
一人じゃ不安だよ」
「ごめん……好きな人ができた。だから結婚はできない。…でもさ、ホントに俺の子か?いやだって、ひなが他の男といた写真見せられたからさ、浮気はそっちが先だろ」
「……誰の子どもか疑うの!?
私は雄太だけだよ。 仕事の取引先の先輩とお昼ご飯食べてるのが写ってるだけだよ。雄太にも言ったよ。
どうして これを浮気の証拠だって言えるの?雄太を本気で愛してる。婚約までしてるんだよ」
「婚約って言っても、指輪もない。証明できる?」
「ひどい……」
その日を最後に雄太は家を出て行き、二度と日向子の元に戻ることはなかった。初めから婚姻届 など出すつもりはなかったのだ。
もしかしたら彼が戻ってきてくれるんじゃないか、と淡い期待を込めて待ち続けたが、結果は変わらなかった。日向子は身重の身体で捨てられた。
日向子は数日の間、動けず寝込んだ。仕事も休まざるを得ない。貯金もない。頼れる人もいない。
臨月間近に知り合いから、雄太が浮気相手の女性と結婚したと聞いた。真っ赤な嘘に固められた雄太に絶望した日向子は出産間近に手首を切った。
心配して、尋ねてくれた友人によって病院に搬送され 、未婚のまま子どもを産んだ。
相手の女性は1年前に勤務先の後輩だと紹介されて日向子も何度か会っていた。
笑顔を絶やさない可愛らしい子だった。初めて紹介された日、裕福な家庭の子だが社会勉強で1、2年働くつもりだと聞いた。
サラサラの髪に、つけまつ毛が目立つ。
流行を常に追いかけているような女の子だった。
両親が早くに亡くなって、天涯孤独の日向子は懐いてくれる彼女を妹のように可愛がった。しかし 2人は隠れて付き合っていた。
そして出産した病院にわざわざ 訪ねてきた。膨らみかけたお腹を強調するように。
「いい加減にゆう君を苦しめるのはやめて。私たち 結婚したんで。
ほら見てください ウェディングドレスキレイでしょ?たくさんの人に祝福された。最高の結婚式だったんです」
「……写真。私の人生は写真で壊されたの?あなたが雄太に渡したの?私が浮気した証拠写真って。よくもあんな 嘘を」
「えー 信じてもらえないのは日向子さんの日頃の行いが悪いですよ。わー 可愛くない赤ちゃん。顔にシワだらけ。脳みそ少なそう」
「子どもに触らないで!帰って!」
「触りませんよ。私も妊娠してるんです。運気が下がっちゃう。ゆう君 父の会社に就職するんです。だって彼も私も育ちがいいし。
知ってた?貧乏な家の子とは格が下がるから結婚できないって言ってたよ。
私達二度と会うことはないから。
さ、よ、う、な、ら。
そうだ。あたし達の子は可愛い子が生まれる。絶対頭もいいわ。アハハハ」
笑いながら病室を出る 後輩の姿を日向子は生涯忘れない。まだ名前 もつけてない我が子抱きしめながら、日向子は誓う。
この子を幸せにする。
二度と会うことがないと笑うなら、再び
目の前に現れてやる。そして全てを壊す。
赤黒い血の色を意味する朱殷(しゅあん)に染まり、涙の跡もにじむ 鮮血の婚姻届を、日向子は今日も眺めた。
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