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正人が 両手をついて上半身を起こした。
日向子はすぐに正人の体を確認する。
幸い下は砂浜で、頭を打った形跡はない。
「大丈夫 ?怪我は?痛いところは?」
「だいじょぶ」
「よかった……」
ほっとしたら涙がこみ上げてきた。
日向子は砂だらけの我が子を力の限り抱きしめる。
天を仰ぐと、目を細め 満足そうにこちらを見下ろす芽衣を確かに見た。はっきりと思い出す。
正人を出産した日、病院で勝ち誇った悪魔が再び目の前に現れた。急いで階段から降りてきて心配する姿がわざとらしくてゾッとする。
「まさとくぅ~ん。やだぁ、落ちたの?
足滑らせちゃったの?気をつけなきゃ」
「よく分かんないや。でも平気だよ」
突き落とされた、などとは夢にも思っていない正人は芽衣に笑顔さえ見せた。
今すぐに、このニヤける悪魔を海の底に沈めたい。平和ボケした己を呪う。
愛を語る暇なんてない。
家族の平和など芽衣がいる限り訪れるわけがない。
正人の腕や、足の擦り傷から血がにじむ。
日向子の体には 傷一つ付いていないのに、胸が締め付けられるように痛い。
私はなんて愚かなの
正人の血を止めるためなら、死んでもいい
お母さんね、あなたがいないと生きていけないの
日向子は黙って正人を支えながら、ゴツゴツした石階段を慎重に登った。やがて聡志が血相を変えて走ってきた。
「どうした?怪我したのか?」
「お父さん。全然平気だよ。イテテ」
「平気なわけないだろう!足首が腫れてる」
聡志が正人をおんぶする。
「すぐに 病院に行こう」
「でも今日は遊びに行くって」
「10月にサッカーの試合だろ!初めてレギュラーとれたのに、無理したらダメだ」
大慌てで現れた恵子も必死で説得する
「まさ君。そうしなさい。遊びに行くのはいつでも行けるわ。早く病院へ」
ホテルで近くの救急病院を教えてもらい、聡志と日向子は車で急いで駆けつけた。
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