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桃の節句
約束の時間より早く スーツ姿の聡志はやってきた。正人は走って背の高い聡志に飛びつく。優しい顔立ちの彼は一緒にいると安心感を与えてくれる。
「こんにちは正人君」
「おじちゃん、早く行こう」
「よし、行こう。着替えも持った?飯 終わったら正人君の好きなところに行こうな」
「わーい、水族館行く。お母さん、早く早く」
日向子が玄関先に出ると、聡は少し照れたように顔を赤らめた。
「日向子、すごく……素敵だね。今日はありがとう。母さん達の都合で食事会の日を決めちゃって」
「私はいいけど、こんなに急でいいのかな」
「いいに決まってる。善は急げって言うから。だいたい母さんが早くしろって言ったんだ。
来月正人君が 小学生だから早く籍入れろって。新しい名字で学校行った方が、何かと都合いいって」
「お義母さんには感謝しなくちゃ」
「小さな時から見てたから、本物の孫だと思ってんじゃないの?」
正人を抱っこして笑顔を見せる聡志を直視できなくなり、日向子は顔を背けた。
お義母さんを騙すのは申し訳ない。車の助手席に嬉しそうに乗り込んだ正人にも罪悪感が湧く。
うつむく 日向子の様子に気づいた聡志は、優しくポンポンと頭を撫でる。
「必ず分かってくれるから」
「あなたにも申し訳ない」
「俺は最初から共犯だよ。罠と分かってからも惹かれていた。諦められなかった。正人君も日向子も、一生かけて幸せにする」
「ありがとう。感謝してる。離婚したいと思ったら、遠慮なく言ってね。すぐに応じます」
「寂しいこと言うなよ。まだ結婚してないのに」
目を丸くする彼を直視できず、日向子は車の後部座席に乗り込んだ。これからの聡志の未来を汚すかと思うと気が引ける。その優しさに良心が痛む。
けれど 立ち止まることはできない。
血の雨が降る婚姻を望む、自らの醜い姿が車の窓越しに映る 。いつもより美しく着飾っても、裏切られた真っ赤な婚姻届を描かれた日にすでに心は壊れたのだ。
聡志はいい人だ。他の人と結婚したら
もっと幸せになれたはずなのに
償うことができるだろうか
正人にも二度と会えなくなるかもしれない
でも、罪は全て私一人が背負うから
今はお母さんについてきてね
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