節分の鬼

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節分の鬼

食事会が明日に迫る夜、日向子は赤い婚姻届を前に子守歌を歌う。 2月3日は節分の日 赤鬼さんは出てらっしゃい。 待て待てしかし、命は(つな)ぐ 鬼にも子どもがいたそうだ 唯一無二の存在を 大事に育てていたそうだ けれど 悪さをするんだよ。 鬼退治とはなんぞやと、幼い我が子が問うてくる ぼうやお聞きよ。恐れずに 邪気を払って迎えよう 節分終えて立春を 家族みんなで迎えよう 節分は「季節を分ける」大事な日。 冬に別れを告げたなら 春を迎える儀式をしよう 巡る災いに終焉を 悪い鬼ども追い払え 破滅を断ち切る悟りの加護を 豆ではぬるい 斤を持て (ひいらぎ)の葉を手折ったら、トゲが刺さって血がついた。 朱殷(しゅあん)に染まる手のひらでいわしの頭を斤で断つ。 魔除けのお守り飾っても 鬼が来るよと (おび)えるぼうや 安心なさい。 母さんが、斤を振るって首を捕る 真っ赤な鬼の鮮血は さぞや 見事な緋色(ひいろ)だろう 「思ひの色」とも言うんだよ ひの色は、火と緋がまぐわい生まれた情念 ほら見てごらん 綺麗だね 熱く燃える情念の 炎は心を現す言霊(ことだま) (たぎ)る怨念 燃え盛れ 全てを焼いたその後は 人への道を指し示せ ねんねんころり、おころりよ 立春までは あとわずか 翌日は不思議と気分が落ち着いていた。 空色鼠(そらいろねずみ)のような薄曇りの青みを含んだ灰色の空の下、日向子の運転する車は郊外の雄太の店の駐車場に着く。 正人と恵子が車から降りる。 「(みかど)」の看板がずいぶん古びて見える。 日向子は桃花色のニットを着た。 桜色よりは赤みが強いけれど、情念に焼かれぬように、新しい春を迎えられるように願をかけた。
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