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運ばれてきた料理は予想外に美味しかった。正人も美味しそうに全てを平らげる。
「おじさん、チャーハン美味い。作ってくれてありがとう」
雄太が口元を隠すように手で覆い、黙って頷く。
お礼を言われるとは思ってなかったようだ。心なしか目元が潤んで見える。恵子からも
「うん。よくできてたわ。前より味が良くなってる。研究したのね」
と褒められて、店内は穏やかな時間が流れる。
しかし嵐は前触れもなくやってくる。突然入り口のドアが荒々しく開く。雄太が
「すいません。今日は閉店です」
と声をかけたが、直後に顔が青ざめる。
「へぇ〜 。自分の娘が苦しんでるのに、
息子のおもてなし?」
人ではなく鬼が出た。
血も涙もない冷ややかな言葉に周り全員が凍りつく。ついに芽衣が現れた。
しかし、日向子は芽衣の変わり果てた姿に驚く。
数年前の、見事にウエストがくびれて胸を強調した女性らしいスタイルは見る影もなく、ぜい肉がついて太っていた。
無造作に一つにまとめた髪とニキビだらけの顔。
そして毛玉のついた、くすんだ赤みがかかった黄色の朽葉色のニットは、散りゆく落ち葉の色に似ている。
本来なら優雅な色だが、罪だらけの落ちぶれた人生を送ってきた彼女が最後まで去勢を張っているようでお似合いだと感じた。
しかし、芽衣のあまりの変貌ぶりに恵子が面食らう。
「芽衣?一体どうしたの?」
「どうした?そこにいる クズ鬼に聞いてよ!振込用紙を送ったのにお金払わないなら訴えてやる!
桜が泣きやまないの。
ゆう君のとこ行きたいって言うから連れてきたのに、赤の他人の女のために料理なんて作っちゃって。それでも父親?家族を一番に考えてよ!」
「ちょっと来い」
「どこにも行かない!」
芽衣を店の奥に連れて行こうとしたが、雄太の手を 狂ったように振り払う。
ただならぬ様子の妻に困り果てた雄太は、変わりに正人を連れて外に出る。日向子もすぐに立ち上がり様子を見に行くと、タクシーを捕まえて桜と正人を乗せて運転手にお金を渡す。
行き先は「万来」。聡志に2人の子を託すつもりだ。
恵子の静止を振り切り悪態をつく芽衣を、雄太が抑え込むとタクシーは出発した。暴れる芽衣を抱え込むように雄太と日向子は店の中に入る。
荒い息使いのまま、芽衣は鬼さながらの形相で突然日向子に平手打ちを食らわせる。
「あんたのせいよ!あんたがいなかったら、
ゆう君と桜と幸せになれたのに!」
芽衣の嫉妬や恨みのこもる目から強い怒りが感じられる。
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