桃の節句

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日向子を乗せた車は格式ある中華料理の店に着いた。 スタッフに案内されて店の中に入ると、すでに義理の父母は到着していた。聡志が驚く。 「父さん母さん早いね 。まだ30分前だけど」 「あの、こんにちは。この度はお招きいただいて…」 日向子が 挨拶をする前に、正人が走り寄る。 「恵子(けいこ)おばちゃん!」 「(まさ)くん、あらすごく似合うわ。かっこいい! おばちゃんの選んだスーツ 気に入ってくれた?」 「うん!こんなの着たことない。大人みたい。 このテーブル なあに ?回るよ?」 「すごいでしょう。すぐに美味しいものが出てくるからね。今までたくさん我慢してきたんだから……今日は美味しいもの食べさせてあげる! ほら、ひなさんも突っ立ってないで 座って」 義理の母となる恵子(けいこ)は快活な口調でいつものように正人を自分の隣りに座らせた。小柄でよく動く。 普段は飾らないが、今日は髪をきちんとまとめてフォーマルドレスの姿は社長夫人の風格を(ただよ)わせる。 寡黙な義理父は中肉中背で椅子に座っている。日向子を見ても目を合わせようとはしない。 2人の態度は想定済みだ。あと一組の夫婦の到着を待つ。聡志は恵子の態度に、仕方がない、というように降参して両手を上げる。 「芽衣(めい)も来るの?夫婦で?」 「あんたの妹なんだから 両家の顔合わせには当然呼ぶでしょう。結婚式にも呼んどいたけど、急な話でブーブー言ってたわよ」 「(うらや)ましいんじゃないか? あいつ 結婚式してないしな。てか しないって言ったのあいつなのに 、何で文句言うんだ」 「今更知らないわよ。いきなり子どもできた。 結婚したいって男の人連れてきて。 なのに、お金ないから結婚式代貸してくれって。 だから断ったのよ。焦らなくてもいいからお金貯めたらって。相手の親は何て言ってるのって。 そしたら怒って突然籍入れた。ドレスの写真だけは撮ってたようだけど、母さんも納得できないわよ」 「自分勝手は相変わらずか。確か 娘いるよな? 正人君と同じ年?」 「ええ 来年 小学生。今日も来るから中華よ。子どもが食べやすいでしょ」 「ああ、そういう……」 扉の向こうから 人の気配がする。やがてスタッフに付き添われて 若い夫婦と女の子が1人、入ってくる。 ブランド服に身を固めた強気な目の女性が まくし立てるように話す。 「お母さん、どうして?今日は用事あるって言ってるのに。(さくら)のひな祭り会 やるって言ったよね? 用意しといたの台無し。どうしてこの日?食事会なんて、いつでもいいことない?」 スタッフが頭を下げるのも無視する態度の悪さに、聡志が呆れる。
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