桃の節句

4/10
前へ
/30ページ
次へ
絞り出すような声が、芽衣の動揺を証明する。 「その子、いくつなの……」 日向子の代わりに聡志が答える。 「桜と一緒。 来年 小学生」 「……」 押し黙る雄太とも視線が合う。 まるで この世に存在しないものを見るかのような引きつった表情だ。しかし正人にとっては初めて会う大人だ。 「こんにちはっ」 と元気よく挨拶する。正人を見た雄太は、弾かれたように音を立てて椅子から立ち上がる。 それを見た正人も 同じように立ち上がり、丁寧によろしくおねがいしますとお辞儀する。 恵子が満足そうに(うなづ)く。 「あら、きちんと挨拶できてえらいわ」 すると、 「まさくん、おじちゃん、おばちゃんこんにちは。 この前はたのしかったね。おしろみたいなとこ行ったね」 と芽衣の横にいた小さな女の子も挨拶をする。 芽衣は娘を隠すように抱きしめる。 「桜、この人達、知ってるの?」 「さとしおじちゃんけっこんするの。来月お式をあげるの。さくらもいっしょに行ってきたの。 ひなこおばちゃんのドレス、きれいだった!」 「結婚式?冗談じゃ……」 声を上げかけた芽衣だが、それ以上は声にならず首だけを左右に振る。雄太は石像のように動かない。 恵子が楽しそうに話しかける。 「あなたたちも出席してね。仕事関係の人もたくさん 招待するから。なんせ、聡志が戻ってくるの!皆さんにも紹介しとかなきゃね」 張りきる恵子の前に料理が運ばれてくる。 次々と並ぶ大皿料理を日向子が取り分ける。子供達の笑い声は響くが、義理の妹夫婦は一口も手をつけない。 話は進み聡志と日向子の新居の話に移る。 新谷家は複数の飲食店を経営する裕福な家柄だ。義理の母の所有する高級マンションの一室を譲り受ける話になっていた。 階が違うだけで、距離は目と鼻の先だ。 さらに、聡志が当時、家を出て行った頃の胸の内を初めて語る。 「当たり前のように家を継ぐのが嫌だった。外の世界を見たかったんだよ。だからわざと県外の大学受けた」 大学から一人暮らしをして結婚までしたが、上手くはいかず仕事もやめて実家に戻ってきたのだ。 「まあ 人生 勉強したってことだよ。家族もできたから しっかり腰を据えて働かなきゃだろ。 まだ店長やったことないけど頑張ります! で、店は何店舗あったっけ?」 「まずはこのお店を任せるわ。ひなさんと一緒に立て直してきてよ。お父さん。いいわね?」 義理母が、息子の背中を強めに叩いて発破をかける。義理父はああ、と返事するだけで義理母とは違い孫にも無関心だ。 しかし、芽衣の堪忍袋の緖がついに切れる。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

205人が本棚に入れています
本棚に追加