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へなへなと力なく床に座り込む芽衣を見届けた恵子は、ゆっくりと日向子と雄太を見下ろす。
「それで、あなた達は償う気はあるの?」
日向子は土下座しながら額が床につくほど頭を下げる。体を小さく丸めこみながら、心から謝罪する。
「何でもっ何でもします。お義母さん」
張り倒されて呆然と床に座り込んでいた雄太も、慌てて床に両手をつき無言で頭を下げる。
「それなら 罰はただ一つ。2人とも離婚しないでちょうだい」
「え……」
雄太と日向子は顔を上げる。
恵子も座り込み、雄太と距離を詰める。いつもは喜怒哀楽がはっきりと現れる恵子だが、表情にも声にも感情が全く見えないのが恐ろしい。
「雄太君。芽衣は渡会家にあげたの。
もともと新谷家の人間じゃないんだから、 戻ってきたら困る。一生面倒見てやって。
代わりに、この店『帝』と夫をあげる。
芽衣にとっては本物の父親なんだから、仲良くみんなで暮らして」
「……」
「返事は?」
「は…い」
「ひなこさん」
「……」
「あなたもひどい嘘をついた。私を裏切った。
償いたいなら今までと変わらず働いてもらう。一生私の面倒を見て、介護も引き受けてもらう。
あと、正人も何も知らなかったとしても罪を背負ってもらう」
日向子の背筋が凍る。
何よりも恐れていた、正人に対する罰。
「お義母さん、お願いしますっ。
正人だけは許してやってください!
あの子は悪くないんです。私が何でもします。一生かけて償いますから……」
「いいえ許さない。新谷家の人間として償ってもらう。お店で生涯働いてもらうわ。無理やり勉強させてとびきり難しい学校通ってもらう。卒業したら聡志の元で 従業員としてこき使う。
店長候補だから休みなんてないわ。
気の毒に。新メニューの開発も兼任させようかしら。
ああ、かわいそう」
「お義母さん?でも、正人は『万来』を継ぐのが夢です。そのために調理師免許も取るって言って……」
「ああ、優秀な若い子が将来を勝手に決められて一生を棒にふるなんて、気の毒ね。ひなさんも仕事と姑の介護で生涯を終えるなんて哀れだわ。
そういえば旅行も行きたいの。ついてきてちょうだい」
「あの……」
恵子が聖母のようにほほ笑む。
「……今まで通りに暮らそうって言ってるのよ。私はね、不倫相手の子を育てる代償に夫と約束したの。離婚せずに取引をした。
社長は私、世帯主も私。
店の権利書も土地も財産も全て私の名義。
新谷家は全員が血縁関係が薄いけど家族になれる。愛情で血を補うの。わかるわね」
日向子の全ての怒りが溶けて消えていく。
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