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「あの時はね、物珍しさで話題になっただけ。ほら、初の女性消防官だもの。どんな女かって興味をもたれただけよ。本気で付き合おうなんて男はいなかった」
「そうなんですか」
「そうなの。だからまだ、その、同期の人のほうがいいと思う」
朱里は項垂れた。
「あ」突然純奈の脳裏に閃いたものがあった。
「なんですか」朱里が反射的に顔を上げ、すがりつくように純奈を見つめた。
「あの人だったら頼れるかも」
「え、誰ですか」身を乗り出す。
「片貝教官」
「え」意外だったらしく、朱里は目を見開いた。
「知っているよね」
「は、い」
「この件はそこら辺の人には相談できることじゃない。口が堅くないとダメ。その点片貝教官なら信用あるし、何かいい知恵を授けてくれると思うのよ」
朱里は視線を泳がせた。迷っているのだろう。
そこへウエイトレスがやってきて、注文したケーキセットを運んできた。ウエイトレスがいる間、二人は口をつぐんだ。
片貝は十年以上指導者として消防学校に勤務しており、いまや職員で彼の名を聞いたことがない者はいないだろうという存在であった。
純奈も朱里も、初任教育の際は片貝から教わっている。片貝は人当たりもよく教え方も上手かったので、皆に人気があった。
「教官だったら人生経験あるし、この世界で顔も広いだろうし、いいアドバイスをしてくれると思うのよ。だからきっと大丈夫」
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