弥生

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 純奈は、自分を納得させるように、頷きながら言った。 「教官はまだ消防学校にいるのですか」  純奈は首を横に振った。 「今は本部に異動しているみたい。署を出る時に職員録で確認してきた。いくら消防学校の顔とはいっても、同じ人間が同じ部署にずっといることは組織にとって良くないでしょ、マンネリ化の原因になるし、次の人材が育たなくなるもの」 「そうなんですね」  朱里は俯いて残念そうに言ったが、チーズケーキをたちまちのうちに平らげた。 「でも、超有名な片貝教官がわたしなんかのこと、相手にしてくれるでしょうか」  純奈はケーキには手を着けず、ゆっくりとコーヒーを飲んでいる。 「構えてないでとにかく飛び込むことよ、でなくちゃ扉は開かない。光は見えない」 「そうですね」連絡してみます、と朱里は頷いた。小さくため息をついた後、大きく深呼吸をした。華奢な身体に不釣り合いな、二つの大きな膨らみが上下する。 「あ、その時にわたしのことは言わなくていいからね。頼れる人は教官しか思いつきませんでしたって言うのよ。きっと大丈夫よ」 「はい、連絡してみます」  ある程度今後の方向性が決まったことで二人は安堵したのか、その後はとりとめのない話で時間を過ごした。  その話も一区切りがつくと朱里は「そろそろ帰ります、ありがとうございました」と席を立った。
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